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文献紹介:2014年
<2014年12月 文献紹介>
患者報告アウトカム測定情報システム(PROMIS)と国際生活機能分類(ICF)との概念分析
Tucker CA, et al. Concept analysis of the Patient Reported Outcomes Measurement Information System (PROMIS) and the International Classification of Functioning, Disability and Health (ICF). Qual Life Res. 2014; 23:1677-1686.
患者報告アウトカム測定情報システム(PROMIS®)は、米国国立衛生研究所NIHが主導する自己報告アウトカム測定システムである。 その枠組みはWHOの健康定義(身体・精神・社会)に基づいている。 一方、国際生活機能分類(ICF)は、2001年のWHO総会にて改定された、より包括的に健康とその関連領域を捉えようとする分類体系である。 本論文は、PROMISの概念枠組みを明確にするために、既存のICF概念枠組みを利用して、マッピングすることを目的とした。 その結果、PROMISとICFは、健康状態、個人的特性、その人の環境要因に関わりなく、すべての個人にあてはめることができることが確認された。 一方、PROMIS測定は、健康の多面的領域に関する個人的経験を評価することを目的としているのに対して、ICFは、生物学的、個人的、社会的視点から、人間の機能を包括的に記述するものであった。 PROMIS領域と下位領域の概念は、ICF概念と意味のある対応付けが可能であった。 両者には理論的・概念的類似点があり、身体機能・活動・参加に関するICF概念に対する自己報告測定にPROMISを使用することが可能である。
コメント
ICFは、個別的因子や環境因子との相互作用をも含む、人の健康に関する包括的な分類体系であるが、包括的であるがゆえに分類は多岐にわたり、概念分類として用いられることは多いものの評価ツールとしての利用はあまり進んでいないと言える。 ICFのコアセットが作成されるなど、ICFを用いた評価方法が検討されているが、一方で、本論文のように、従来の健康評価(PRO)がICFとどのような関連にあるのかの検討が進められており、近年論文が散見されるようになった。 本欄の筆者は、PROが量的測定を可能とするのに対して、ICFは数量化するというよりは質的な評価を行う際の評価視点の枠組みとして利用できるような印象を持っている。 両者の関連や相互補完要素などについて、さらなる研究を期待する。(SY)
<2014年11月 文献紹介>
オーストラリア人男性集団を対象としたSESとQOL:Geelong Osteoporosis Studyによる検討
Brennan SL, Williams LJ, Berk M, Pasco JA. Socioeconomic status and quality of life in population-based Australian men: data from the Geelong Osteoporosis Study. Aust N Z J Public Health. 2013;37:226-32.
目的:代表性のあるオーストラリア人男性集団を対象に、SESとQOLの関連を横断的に検討した。 方法:無作為に選ばれた24-92歳の男性917名を対象に、身体面、精神面、環境面、社交面の下位尺度を持つQOLを測定した。 尺度はWHOQOL-BREFを使用した。 SESを確定するために、オーストラリア統計局の2006年国勢調査データを用いて居住地を参照した。 Index of Relative Socioecomic Disadvantage and Advantage (IRSAD)、Index of Economic Resources (IER)、Index of Education and Occupation (IEO)をもとに、研究参加者のSESを低中高で区分した。 生活習慣および健康に関する情報は自己申告によって得た。 結果:低いSESの男性は身体面の健康(オッズ比=0.6、95%信頼区間[CI]:0.4-0.9、P=0.02)や精神面(オッズ比=0.4、95%CI:0.3-0.7、P<0.001)、環境面(オッズ比=0.5、95%CI:0.3-0.7、P<0.001)に満足度が低かったが、社交面は有意に関連していなかった(P=0.59)。 それぞれの下位尺度において、低SES群と高SES群でQOLが低く示され、逆U字型の関連を認めた。 そのうち統計学的有意にQOL低下が認められた下位尺度は、精神面のみだった(オッズ比=0.5、95%CI:0.4-0.7、P<0.001)。 IERやIEOにおいても類似の関連が認められた。 結論:SES中間群の男性と比較して、低および高SES群の男性においてQOLが低下していた。
コメント
本研究は、代表性のあるオーストラリア人男性集団を対象に、WHOQOL-BREFを用いてSESとQOLの関連を検討した、初の研究である。 SESが中間に位置する群において、精神面のQOLが有意に高く認められたことは興味深い。 その一方で、低SES群でいずれの下位尺度においてもQOL低下が示されており、データを蓄積しながらそれらの要因を探っていくことが必要と考えられる。 研究の限界として述べられているように、今回はデータの性質上、個人レベルのSES(収入や教育歴、職業など)とQOLの検討はおこなえず、両者の量反応関係を見ることはできていない。 今後、分析疫学的な検討やさらなる知見の集積が望まれる。(NM)
<2014年10月 文献紹介>
PROに関する販売促進用資材に対してFDAが発行した警告文と違反通知のレビュー(2006-12年)
Symonds T, et al. A Review of FDA Warning Letters and Notices of Violation Issued for Patient-Reported Outcomes Promotional Claims between 2006 and 2012. Value Health 2014 14:433-7.
米国で作られた製薬企業の販売促進用資材のPRO違反の頻度とタイプ、そしてFDAのPROガイダンス(ドラフト(2006)と最終版(2009))の発行後に違反が増えているかどうかを確かめることが本研究の目的である。 PROに関する違反について、FDAの処方薬販売促進部門(OPDP)から発行された213件の警告文(WLs)(ペナルティなど強制力あり)あるいは違反報告(NOVs)のすべてを2人で独立してレビューした。 結果として次の違反のタイプを確認した。1)使用されたPRO尺度が目的に合わない、2)研究結果のデザインと結果の解釈の問題、3)統計解析の問題、4)治療に関する恩恵がない問題。 報告全体の19%がPRO違反に関する情報を含んでいた。PROガイダンスが発行された後、2007年(37%)と2010年(31%)に報告数が多かった。最も多い違反は、PRO尺度が目的に合わないことであった(54%)。 特に、個々の項目の使用(45%)、内容妥当性に関する不十分なエビデンス(36%)、PRO尺度が測れる範囲を超えた内容(27% )、であった。研究デザインと結果の解釈の問題も多く(49%)、測定した範囲を超えた内容(55%)や、PRO尺度を使用していない内容についての記載(50%)があった。 この領域の「重要なエビデンス」をより考慮したガイダンスをOPDPが発行することにより、違反報告数を減らすことができると思われる。
コメント
FDAでは、販売促進資材の内容が申請時の内容に違反していないかチェックし、違反している場合には警告や強制力を持つペナルティを与えている。業界向けのPROガイダンスが2009年に発行された後も違反が続いていた。 違反内容には、解析計画が事前になかったりサブ解析を強調したり、と一般臨床試験で起こりうる内容もあったが、PRO尺度の計量心理学的特性を理解していないための違反も多かった。 わが国では近年、製薬業界内でPRO評価に大きな関心を寄せる人々が幸い増えているが、行政側にもこの分野で業界を指導できるような人材育成とシステムの構築が急務である。 (SK)
<2014年9月 文献紹介>
慢性副鼻腔炎に対する内視鏡的副鼻腔術後のQOLにおけるレスポンスシフト
DeConde AS, et al. Response shift in quality of life after endoscopic sinus surgery for chronic rhinosinusitis. JAMA Otolaryngol Head Neck Surg. 140(8):712-9.
患者報告によるQOL評価は、レスポンスシフト(内的基準の変化、優先順位の変化、価値の変化)に影響されることがある。 DeConde ASらは、内視鏡下副鼻腔術を受けた慢性鼻副鼻腔炎患者のレスポンスシフトを分析した。 対象者514名中339名(66%)が、治療の効果に関する追跡調査(ベースラインと6か月後)においてSinonasal Outcome Test(SNOT-22)に回答した。 術後に、SNOT-22の下位尺度である鼻腔内症状、鼻腔外症状が大幅に改善した。 構造方程式モデリングを用いてレスポンスシフトが観察されたものの、臨床的に重要な大きさではなく、SNOT-22を使用して術前後の変化を測定できることが確認された。
コメント
本研究は、慢性副鼻腔炎の術前後で意味のあるレスポンスシフトはなかった、という研究である。 著者らは、レスポンスシフトが検出されなかったことをネガティブデータとして扱うのでなく、「意味のあるレスポンスシフトはなかったから本尺度で検出された継時的変化は妥当である、 つまり本尺度の反応性(継時的変化を検出する性能)が示された」と述べている。 レスポンスシフトと尺度の反応性については、評価の精度を考える際に表裏一体として論じる必要があると思われるが、本論文はこの視点に言及しているという点で、興味深い。 (SY)
多集団確証的因子分析を用いたEORTC QLQ-C30のがん部位による測定不変性の評価
Costa DS, et al. Testing the measurement invariance of the EORTC QLQ-C30 across primary cancer sites using multi-group confirmatory factor analysis. Qual Life Res. 2014 . [Epub ahead of print]
EORTC QLQ-C30はがん領域で使用される代表的なQOL調査票である。 この研究は、QLQ-C30の多因子構造からなる測定モデルが、7つのがん部位の患者間で同じであるかどうかを、多集団確証的因子分析を用いて検討した。 乳がん、直腸がん、婦人科がん、頭頸部がん、肺がん、食道がん、胃がん、前立腺がん1906名のデータを用い、グループ間の因子のパターン、因子負荷量、閾値の不変性を、 これらの値がグループ間で等値であるとするモデルと自由に推定するモデルとの適合度を比較することによって評価した。 その結果、前立腺がん以外は適合モデルが得られた。 567パラメータのうちグループ間で異なることが示されたのは1つのパラメータのみであった(乳がんグループの第1項目の閾値が非不変)。 このことから、著者らは、QLQ-C30の測定領域を異なるがん部位の群間で比較する際に十分な頑健性を持つと結論している。 とともに、交絡変数(例えば治療×性)の潜在的影響を考慮していくことが必要であると述べている。
コメント
一つのQOL/PRO指標が、対象とする集団のいずれのサブ集団にもあてはまるか?という疑問は、臨床的にはよく議論される課題である。 本研究はがん患者を対象とした大規模データを用いて、がん部位によってQOLの構造が異なるのではないかという疑問に一つの回答を出している。 6部位のがんのグループで、567パラメータのうちたった1つしか異ならないというのは、意外な結果であった。 がん部位よりもむしろ、治療の前後など継時的データにおける取得時期の方がQOL構造の差があらわれるかもしれない。 前立腺がんのみモデルが適合しなかった、という結果も興味深い。 (SY)
<2014年8月 文献紹介>
乳がん患者に対するヨガの有効性
Kavita D, et al. Randomized, Controlled Trial of Yoga in Women With Breast Cancer Undergoing Radiotherapy. J Clin Oncol. 2014;32(10):1058-65.
【背景】これまでの研究から、乳がん患者に対する放射線療法にヨガを取り込むことでQoLが改善されることが示されているが、結論は得られていない。 【方法】臨床病期0-Ⅲ期の乳がん患者を対象に、放射線療法施行前にリクルートし、ヨガ群(N=53)、ストレッチ群(N=56)、コントロール群(N=54)に無作為割り付けした。 ヨガ群、ストレッチ群では放射線治療中に週3回、ヨガもしくはストレッチのあらかじめ規定したプログラムに従い、6週間実施した。 この研究の主要評価項目はSF36で測定したQoLであり、その他倦怠感、抑うつ、睡眠の質、唾液中のコルチゾールを日中変動を測定した。 調査時期は、Baseline、治療の終了時、治療の終了から1カ月、3カ月、6カ月後。 【結果】放射線治療終了後1カ月、3カ月の時点で、ヨガ群はコントロール群に比べ、身体構成スケールのスコア値の有意な改善が認められた(P =.01 、P = .01)。 放射線治療終了後1カ月、3カ月、6カ月の時点で、ヨガ群はストレッチ群、コントロール群に比べ有意な身体機能の改善を認め(P<.05)、ストレッチ群とコントロール群の差は、3カ月後のみに認められた (P<.02)。 全般的な健康状態に群間の差は認められなかった。 放射線治療の終了時点では、ヨガ群、ストレッチ群は、コントロール群に比べ有意な倦怠感の改善を認めた (P<.05)。 心理的な健康度、睡眠の質に群間の差を認めなかった。 放射線療法終了時、ならびに終了後1カ月時点の、唾液中コルチゾールの日中減少度は、ストレッチ群、コントロール群に比べ、ヨガ群で最も急峻であった[放射線終了時:(P = .023とP = .008) 、放射線終了後1カ月: (P = .05 and P = .04)]。 【結論】ヨガは放射線療法に伴うQoLや身体的変化を改善し、その効果は単純なストレッチよりも優れていた。 またこれらの効果は、放射線療法終了後も長期に継続して認められた。
コメント
乳がんに対する放射線療法は、多様な治療の最終ステップとして実施されることが多く、そのため患者はそれまでに実施された手術や化学療法に伴う様々な負の側面を抱えていることが多い。 近年、ヨガはがん治療に伴う身体症状や心理面、QoLの低下を改善する介入プログラムとして注目を集めている。 本研究は、乳がん患者に対し、ヨガ介入プログラムの有効性を示した初めてのランダム化比較試験であり、その意義は大きい。 本研究は公的研究費の助成下にMDアンダーソン癌センターで実施されており、その姿勢から、がん患者を包括的に支える社会の実現という、明確なメッセージを受け取ることができる。 がん患者に恩恵をもたらす可能性のある様々なアプローチを排除することなく、あくまでランダム化比較試験という科学的な手法により有効性を検証しようとする姿勢には、学ぶべき点が多い。 (TN)
乳がん患者のレスポンスシフトがQOLスコア悪化までの期間に及ぼす影響
Hamidou Z, et al. mpact of Response Shift on Time to Deterioration in Quality of Life Scores in Breast Cancer Patients. PLoS One. 2014 May 14;9(5):e96848.
【背景】この多施設共同前向き研究は、response sift (RS)の要因の1つである内的基準の変化(recalibration)が、乳がん患者におけるQoLスコアの悪化までの期間(time to deterioration:TTD)に及ぼす影響、ならびにBaselineにおけるQoLの予期がTTDに及ぼす影響を検討することである。 【方法】試験デザインは多施設共同の前向き研究であり、QoLの評価にはEORTC-QLQ-C30とBR-23を用いた。 QoLの調査ポイントは、登録時 (T0)、初回入院後 (T1) 、初回入院から3か月後 (T2)、および初回入院から6か月後(T3)。 Recalibrationはthen-test法を用いて評価した。 QoLの予期は乳がん診断時に調査した。 QoLスコアの悪化は、minimal clinically important difference (MCID)を考慮して、5ポイントの低下と定義した。 TTD の推定にはKaplan-Meier法を用いた。TTDに影響を及ぼす因子の解析には Cox regression analysesを用いた。 【結果】2006年2月から2008年2月までに381名の女性が登録された。QoL評価における内的基準の変化(recalibration)は、TTDに影響を及ぼしていた。 全般的QoL、役割機能、社会機能、ボディイメージ、全身療法に伴う副作用におけるTTDの中央値は、recalibrationを考慮した場合に比べ、recalibrationを考慮しなかった場合で有意に短かった。 Cox multivariate analyses では、recalibrationを考慮した場合、放射線療法の施行はボディイメージのTTDを有意に短縮させていた(HR: 0.60[0.38–0.94])。一方で、手術術式による有意な影響は認められなかった。 BaselineにQoLの悪化を予期した患者では、全般的なQoL、認知機能、社会機能の領域で、有意にTTDが短かった。 【結論】我々の結果により、RSとBaselineにおけるQoLの予期は、乳がん患者のTTDに関連していることが示された。
コメント
最近のランダム化比較試験におけるQoLの評価では、MCIDもしくはMIDを考慮し、あらかじめ臨床的に意味のあるQoL悪化のスコア値を定義し、時間軸を加味したイベントとして比較する報告がみられるようになった。 このことにより、臨床家にはなじみ深いKaplan-Meier曲線やTTDを指標としたLog rank検定、ハザード比が示されるようになり、より直観的にQoLの相違を理解できるようになった。 この研究では、QoL評価に影響を及ぼす可能性のあるRS、ならびにQoLの予期がTTDに及ぼす影響を詳細に検討している。結果はQoLのある領域では、想像以上にRSとBaselineにおけるQoLの予期はTTDに影響を及ぼすことを示している。 この結果を考慮した場合、ランダム化比較試験におけるQoL評価の群間比較では、BaselineにおけるQoLの予期に群間差はないかどうか、対象者に認められるRSに群間差がないかどうかを同時に検証することが必要となる可能性がある。 ランダム化比較試験におけるQoL評価の試験デザインでは、新たな試みとしてBaselineにおけるQoLの予期、RSの評価を可能とするthen-testを評価事項として加え、探索的に検証を重ねることが必要になると考えられる。 (TN)
<2014年7月 文献紹介>
触媒がない状況でのレスポンスシフトに関する最小限の根拠
Ahmed S, et al. Minimal evidence of response shift in the absence of a catalyst.. Qual Life Res. 2014 Epub ahead of print]
本論文は、1年間の健康変化が比較的小さい慢性疾患患者ではレスポンスシフト(RS)は観察されないだろうという仮説を検証しようとした。 4つの慢性疾患(関節炎、心不全、糖尿病、慢性閉塞性肺疾患)を持つ地域在住サンプル(n = 776)の縦断的コホートデータを利用した2次的解析が実施された。 参加者は、年に二回SF-36に回答した。第2レベルのSF-36因子構造の1年間の不変性は、SF-36の下位尺度と2つのサマリースコア(身体的健康・精神的健康)による概念構造モデルの第2レベル構造と第1レベル因子構造を組み合わせて、Oortのアプローチ(構造方程式モデリングによるRS検出手法)に適応させて評価された。 参加者の80%以上は、フォローアップ期間中に入院や緊急治療を要しなかった。 すべての測定モデル・パラメータを2時点で同値に制約したモデルは、十分に適合していた(RMSEA = .035、CFI = .97)。 測定モデル・パラメータ(アイテム閾値、第1レベルの切片、因子負荷量)を制約しなかった場合でも、大きな差はなかった。 健康状態が安定している慢性病の人では、大きなRSは見つけられなかった。 これらの結果は、比較的安定した状況の患者にRSは起きないという根拠を提示する。
コメント
RSのメカニズムモデルでは、RSは健康状態の大きな変化(カタリスト)が引き金となって生じると考えられている。 逆に言えば、安定した健康状態では、健康関連QOL評価におけるRSは生じないことが仮定される。本研究は、そのことをデータで示した研究である。 一方で、先に紹介した論文(2014年5月紹介)では、本研究と同じ健康関連QOL指標(SF-36)を用いて、脳卒中を経験した高齢者だけでなく一般の高齢者でもレスポンスシフトが生じたことが報告されている。 本研究では安定した状態の1年間の追跡による結果であったが、先の論文の例では高齢者を4年間の追跡であることから、追跡の期間によっても結果は異なることが推測される。(SY)
<2014年6月 文献紹介>
治療開始前の健康関連QOLは転移を有する大腸がんにおける生存期間を予測しうるか?
Diouf M et al. Could baseline health-related quality of life (QoL) predict overall survival in metastatic colorectal cancer? The results of the GERCOR OPTIMOX 1 study. Health and Quality of Life Outcomes, 12:69, 2014
背景:健康関連QOL(QOL)は多くのがんの予後を予測する力を有している。 最近の研究では、転移を有する大腸がん(mCRC)の予後予測システムが改良可能である事が分かってきた。 我々は、mCRC患者における、QOLの生存期間に対する予測能力および二つの予後予測システム( Köhne及びGERCOR モデル)の改善可能性について評価を行った。 方法:2000年~2002年に5カ国51施設において、無治療mCRC患者620人を対象とし、2種類のFOLFOX化学療法プロトコルを比較する目的のフェーズIII 臨床試験の無作為化の前にEQ-5D質問票を記入してもらった。 結果:620人中249人(40%)の患者からQOLデータが得られた。Köhne モデルは、LDH,移動の程度、痛み/不快感により改善がみられた。 移動の程度と痛み/不快感はGERCOR モデルに追加が可能であった。 結論:EQ-5Dの移動の程度と痛みの項目は転移を有する大腸がん患者に対する独立した予後予測因子であるとともに、病期分類と治療法選択に有用である可能性があった。
コメント
本欄でも以前にQOLをがんの予後予測に用いようとするEORTCの論文が紹介されている (「異なる癌種の予後予測因子としてのQOLと症状調査の多試験データ分析」Quinten C, et al. A Global Analysis of Multitrial Data Investigating Quality of Life and Symptoms as Prognostic Factors for Survival in Different Tumor Sites. Cancer. Oct 11. doi: 10.1002/cncr.28382. 2013.)が、同様の試みといえる。 EQ-5DはEORTC-QLQ-C30の簡略版的要素はあるが、がん特異的尺度でないこと、本来効用値を測定する目的に用いられるものである。 それにもかかわらず、EQ-5Dの2つの項目が転移を有する大腸がん患者の予後予測因子になり得るとした論文である。 一つの項目である「移動の程度」は、私は歩き回るのに問題はない →1 と、私は歩き回るのにいくらか問題がある →2 私はベッド(床)に寝たきりである→3を比較(1対2,3)し、後者の予後が悪いということであるが、ある意味当たり前のような気もする。 痛みも同様で、私は痛みや不快感はない→1 と私は中程度の痛みや不快感がある→2 私はひどい痛みや不快感がある →3を比較すると、前者の方が予後が良い。 本研究は本来、既存の転移性大腸がん患者の予後予測のためのKöhneモデルを改良するのにQOL(この場合はEQ-5D)項目が利用できないかという発想であったと思われる。 このモデルは、①performance status (PS), ②転移部位数、③アルカリフォスファターゼ値、④末梢血白血球数の4項目からなっており、ここに移動の程度や、痛みを加えるとさらに予測の精度が上がることは十分予測できる。 それよりもむしろPSと移動の程度の間には多重比較の可能性もあり、その解釈は注意すべきものと考えられた。(SS)
進行がん患者に対する早期からの緩和ケア-クラスター無作為比較試験-
Zimmermann C, et al. Early palliative care for patients with advanced cancer: a cluster-randomised controlled trial. The Lancet, 383(9930);1721-1730, 2014
方法:クラスター無作為割付け法により、がん外来通院患者(進行がん患者、PS0-2、予後6~24ヶ月)を、緩和ケアチームによる月1回以上の診察とフォローアップ群(緩和ケア群228人)と通常がん治療群(非緩和ケア群233人)に分け、両者のQOL(FCIT-Sp((Functional Assessment of Chronic Illness Therapy—Spiritual Well-Being)、QUAL-E(Quality of Life at the End of Life), 症状の重篤度 (Edmonton Symptom Assessment System [ESAS]), ケアの満足度(FAMCARE-P16)を1ヶ月ごとに測定した。 結果:3ヶ月目では、FACIT-SpとESASには有意差がみられなかったものの、QUAL-EとFAMCARE-P16 には有意差がみられた。 また4ヶ月目に介入前との変化率を比較したところ、すべての尺度で有意差がみられた。
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以前に早期の緩和ケア導入が、QOLや抑うつ状態の改善に結びつくだけでなく、生存期間も延長したという論文(非小細胞肺がん患者に対する早期緩和ケア Temel JS, et al. Early Palliative Care for Patients with Metastatic Non–Small-Cell Lung Cancer. N Engl J Med 2010; 363:733-742)を紹介したが、今回はより構造的な比較試験の結果である。 ただし、薬剤の比較試験と異なり、盲検化は不可能であり、患者にも医療側にもどちらが介入群かは一目瞭然であるという制約は避けられない。 そうした中で、一次的エンドポイントであるQOLを代表とする各種尺度でははっきりした有意差は見られなかったものの、二次的エンドポイントであるベースラインからの変化率では有意差を認めている。 また前回の論文は非小細胞肺がん患者に限っていたが、今回は進行がん患者一般を対象としている。 がん患者に対する早期からの緩和ケア的介入が、少なくとも患者のQOLを有意に改善するであろうという仮説のもとに行われたトライアルであるが、予測ほどははっきりした効果が見られなかった原因として、 対照群患者も緩和ケアに理解のある腫瘍専門医が診ていること、緩和ケア群への参加を呼びかけても、症状があまりないことから参加者が少なかったことを挙げている。(SS)
<2014年5月 文献紹介>
健康関連QOLにおけるレスポンスシフト(内的基準変化と優先順位変化)は脳卒中高齢者・一般高齢者ともに前向きに特定された
Barclay R, et al. Response shift recalibration and reprioritization in health-related quality of life was identified prospectively in older men with and without stroke. J Clin Epidemiol. 2014; 67(5):500-507.
レスポンスシフト(RS)は、患者報告アウトカムにおいて評価の意味が経時的に変化する現象であり、内的基準の変化、優先順位の変化、概念の再構成の3つに分類される。 本研究の目的は、脳卒中を経験した高齢者と経験しない高齢者において、健康関連QOLにおけるRSを前向きに検討することであった。 第二次世界大戦カナダ空軍コホート(男性3983名、年1回の追跡調査)から、脳卒中生存者群(n= 168、平均80.1歳)、後期高齢者群(n=254、平均82.8歳)、前期高齢者群(n=323、平均、74.7歳)が設定され、健康関連QOL尺度SF-36におけるRSが、構造方程式モデルを用いて評価された。 その結果、身体機能の内的基準変化は全3群で検出されたが、前期高齢群では方向が異なった。役割機能の優先順位変化も全群で検出された。 この研究は、脳卒中および脳卒中のない高齢男性において前向きにHRQLのRS(内的基準の変化と優先順位の変化)を確認した初めての研究である。 HRQLの自己評価の意味の変化は、脳卒中でだけでなく脳卒中にかからないままである男性でも起こる。
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脳卒中生存者でRSが見られることは、すでにいくつかの報告がある。 しかし、先行研究は脳卒中発症後2時点での検討であるのに対して、脳卒中発症前のデータを基準としたRSを報告している点が、本研究の新奇性である。 また、本研究は、脳卒中を経験しない高齢者においても、特に後期高齢者では脳卒中生存者と同じようなRSが生じることを明らかにしている。 後期高齢者は脳卒中でなかったとしてもさまざまな健康問題を抱え、それがカタリスト(RSの引き金)になっていると考えられる。 身体機能のRSの内的基準変化(リキャリブレーション)はマイナス方向であり、つまり、健康問題によって身体機能が変化することにより、基準自体も下方に変化することが推測される。 また、健康問題というカタリストによって、役割機能の優先順位が高まることも興味深い。(SY)
<2014年4月 文献紹介>
頭頸部癌患者における早期のセルフケア・リハビリテーション
Ahlberg A, et al. Early self-care rehabilitation of head and neck cancer patients. Acta Otolaryngol. 2011;131:552-61. doi: 10.3109/00016489.2010.532157.
目的:頭頸部癌患者は、集中的な治療によって機能障害を被っていることが多い。 早期の予防的リハビリテーションの効果を評価することを本研究の目的とした。 方法:介入群190名、対照群184名。介入群は、治療前に嚥下障害や開口障害、頸部の硬直を軽減するための訓練指導を受けた。 結果:治療後の体重減少と2年間の生存に関して、2群間に有意な差は認められなかった。 患者報告アウトカム(PRO)の評価においても効果は示されなかった。 結論:今回の結果からは、早期の予防的リハビリテーションの効果は示されなかった。 これまで指摘されているように、セルフケアを基本としたリハビリテーションは効果をもたらす可能性がある一方、科学的根拠に基づく訓練プログラムの確立や患者選択や介入効果評価の適切な指標を見出すことが重要であると考えられた。
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本研究のPRO指標として、EORTC (European Organization for Research and Treatment of Cancer)-QLC-C30、EORTC-H&N35、HADS (Hospital Anxiety and Depression Scale)などが用いられている。 主たるアウトカムは体重減少と一定期間の生存であるが、これらはリハビリテーションの効果を見るには柔軟性に欠ける可能性も指摘されている。 そこで、様々な種類の患者報告アウトカムを含めた評価が行われたのだが、有意な結果は得られなかった。 著者らは介入効果が認められなかった理由として、介入群における状態改善への期待が対照群に較べてより大きく、結果に影響した可能性を挙げている。 この研究は先行研究と比較してサンプルサイズが大きく、同じ研究テーマの研究成果として意義あるものと考えられる。 その一方で、複数回収集されている患者報告アウトカム・データは回答率にばらつきがあり、また回答率が高いとも言い難い。 患者報告アウトカムに関する結果については、その点も含めて考察する必要があるだろう。(NM)
外科的療法を受ける高齢癌患者における、術前の健康関連QOLによる長期間の死亡率予測
Schmidt M, et al. Prediction of long-term mortality by preoperative health-related quality-of-life in elderly onco-surgical patients. PLoS One. 2014;9:e85456. doi:10.1371/journal.pone. 0085456.
目的:65歳以上の消化器系あるいは泌尿器生殖器系癌患者における、術前の健康関連QOLと死亡率の関連を検討した。 方法:前向きコホート研究。ドイツの大学病院で、2008年6月から2010年7月にかけて参加者登録をおこなった。 手術が予定されている126名の癌患者を解析対象とした。 術前と術後3か月および12か月に、EORTC (European Organization for Research and Treatment of Cancer)-QLC-C30を用いて健康関連QOLを評価した。 さらに、認知機能検査(Mini Mental State Examination; MMSE)を含めた臨床データも収集した。手術は標準的な方法でおこなわれた。 第一のエンドポイントは術後1年間の累積死亡率、第二のエンドポイントはQOLの変化とした。 結果:1年後の死亡率は28%であった。単変量および多変量解析の結果、健康関連QOLの認知機能(オッズ比 0.98;95%信頼区間 0.96-0.99;P=0.024)および食欲減退による症状負担の増大(オッズ比 1.02;95%信頼区間 1.00-1.03;P=0.014)は、死亡率の予測に関連していた。 MMSE(オッズ比 0.69;95%信頼区間 0.51-0.96;P=0.026)とPOSSUM(Physiological and Operative Severity Score for the enUmeration of Mortality and morbidity)による手術のリスク(オッズ比 0.31;95%信頼区間 0.11-0.93;P=0.036)も予測因子であった。 生存者における術後1年のQOL変化について、全般的な健康には変化がなかったが、その他の下位尺度では概ね悪化が認められた。 結論:客観的および自己申告による認知機能、自己申告の食欲減退は、高齢の癌患者における死亡率の予測因子であった。 認知機能低下や手術のリスクも術後1年間の死亡率を予測したが、年齢や性、癌の部位、転移の有無と死亡率の関連は示されなかった。
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本研究は、多施設介入研究のためのパイロット研究として、計画実施された。 もう一編と同じく、PRO指標としてはEORTC (European Organization for Research and Treatment of Cancer)-QLC-C30が用いられている。 先行研究の結果と異なり、全般的な健康や身体機能は、死亡率の独立した予測因子としては示されなかった。 また、全般的な健康と情緒機能は、統計学的に有意ではないものの、術前と比較して1年後にはわずかな改善が認められた。 今回の対象者は同国の一般集団と比較して、ベースライン時の機能面(情緒面を除く)がより良く、全般的な生活の質がより低い状況であったと記載されており、これらの特徴が結果に影響を与えた可能性も考えられる。 著者らも研究の限界として触れているが、今後サンプルサイズを拡大して癌の部位別などの検討をおこなうことは必要であろう。 QOLに主眼を置いた研究報告であるが、その枠を超えて高齢者における認知機能の重要性が示唆された分析結果ともいえよう。(NM)
<2014年3月 文献紹介>
進行性腎癌の二次治療における無増悪生存期間に対する毒性(副作用)の重みの順位
Wong MK, et al. Patients rank toxicity against progression free survival in second-line treatment of advanced renal cell cartinoma. J Med Econ 2012, 15(6), 1139-1148
本研究の目的は、進行性腎癌の治療プロファイルに関連した利益と毒性(副作用)に関する患者の選好(preference)を定量化し、 対比することによって、適切な治療選択のための医師-患者間の話し合いを助けることである。 対象は米国の成人の腎癌患者272人で、調査方法はweb上のconjoint調査である。 仮想の二種類の治療プロファイルを含む10種類の治療選択質問があり、各プロファイルは様々なレベルの治療属性で説明された。 プロファイルに含まれた属性は、無増悪生存期間(PFS)、忍容性(疲労感、胃症状、口内炎、手足症候群(HFS)など)などである。 各属性レベルの相対的な選好の重み(preference weight)はランダム変数ロジスティック回帰で計算された。 利益同等測定(benefit equivalent measures)(毒性を回避できるなら何ヶ月のPFSを諦めてもいいか)も行われた。 対象は白人が92%、大卒以上が66%、平均年齢は57歳であった。属性に関する患者の選好の順序は、高い方から、 PFS、疲労感、胃症状、肝障害、口内炎、HFS、間質性肺炎、投与方法、の順であった。 また、基準のPFSを3ヶ月とした利益同等測定の結果、毒性が重度から中等度に軽減される場合、諦めてもいいPFSは長い順に、 疲労感4.4ヶ月、胃症状3.5ヶ月、HFS2.1ヶ月、口内炎1.9か月であった。 また、肺や肝障害が2から1%に軽減される場合、諦めてもいいPFSは1.4ヶ月であった。
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泌尿器科領域において、海外ではQOLや医療経済評価研究は少なくないが、日本では医師も患者も男性が多いためか、患者のQOLや選好についての研究は多くない。 また腎癌領域では、近年、PFSを延長する分子標的薬が多く使えるようになったが、疲労感など患者を悩ませる副作用も少なくない。 そのような背景を考慮すると、本研究は、患者が重視するアウトカムの優先順位はどうか、また毒性と生存アウトカム(本研究ではPFS)とのトレードオフについて詳しく調査を行っており、得られた情報は、臨床現場の医師-患者間のコミュニケーションギャップの改善に役立つ可能性が高い。(SK, NM)
FDAとEMAが認可したPRO評価のレーベルクレーム(2006-2010)
DeMuro C, et al. Assessment of PRO label claims granted by the FDA as compared to the EMA (2006-2010). Value Health 2013, 16:1150-1155
【背景】米国と欧州の規制当局は、PROを用いて医療用製品を認可するためのガイダンス(FDA: US Food and Drug Administration )(2009年)や説明文(EMA: European Medicines Agency)(2005年)をそれぞれ公開している。 【目的】2006年から2010年の間に、新規化合物について認可されたPROを用いたレーベルクレームについて調べ、FDAとEMAの重点の置き方の傾向を比較した。 【方法】認可された医薬品は、US Drug Approval Packages and European Public Assessment Reports packagesで調べた。同じ会社の同じ医薬品が両方の規制当局に申請されているものについて比較した。 内容については、症状、機能、HRQOL、患者の全般的得点(PGR: patient global rating)、その他に分類して調べた。 【結果】研究期間に156の新規医薬品が認可されていた。PROでは両規制当局合わせて75個の医薬品が認可されていた。 そのうち、35個(47%)がEMAにより、14個(19%)がFDAにより認可されていた。FDAの認可では症状と機能に焦点が当てられていた一方、EMAではより高次元のHRQOLや機能でも認可されていた例が多かった。 両方で同時に認可されていたのは12%以下と少なかった。 【結論】EMAはFDAよりも認可をした製品は多く、より高次元の概念についても認可していた。しかし詳しく調べると、従来言われているよりも一致率は高かった。規制当局を横断して統一基準が作られるためにはさらなる研究が必要である。 なお、本論文のスポンサーは、ノバルティスファーマ株式会社である。
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本研究結果からは、EMAの方がより高次元のPROも評価対象としていたとされるが、それは、主にガイダンス(説明文)において、 EMAではHRQOLを重要な副次評価指標の一つと位置付け、信頼性・妥当性が確認された尺度を用いた調査が行われていることを重視する一方、 FDAでは概念の特定を推奨するが、そのために特別に開発された尺度の使用を重視していないことにも起因するかもしれないと考察している。 また、EMAではHRQOL内の下位尺度を用いた身体機能評価も歓迎するが、FDAではそのような機能評価を歓迎していないとされる。 さらに、EMAで認可されFDAで認可されなかった個別例を見ると、評価で有意差が得られたかどうか以前の問題として、当該医薬品の効能を評価するのに、 測定している概念そのものが適切かどうかについて、より厳しく見ている面もありそうである。 製薬企業としては世界的に統一基準を定めてもらいたいところであろうが、研究者からみると、医薬品が求めるPROについての考え方に、国や地域によりある程度の幅があるのも自然なことのようにも思える。(SK)
<2014年2月 文献紹介>
慢性疾患への心理的適応
de Ridder D, et al. Psychological adjustment to chronic disease. Lancet. 2008; 372: 246-55.
慢性病は、長期間に及び人が正常に機能する能力に影響する障害である。 自分の新しい状況に対する再調整の好ましい状態を適応、または心理的適応という。 本論文は、慢性疾患への心理的適応に関する過去10年の文献をレビューし、心理的適応のプロセス、生理的・心理・行動・認知の各側面について議論した論文である。 生理的側面では、サイトカイン活性と疲労・活力低下・うつ症状等との関連について、 心理的側面では、感情の調整(抑制、回避、感情表現、等)が与える影響について、 行動的側面では、慢性的状態や症状の自己管理行動と適応との関連について、 認知的側面では、ネガティブなアウトカムにもかかわらずポジティブな発見を行う状況やメカニズムについて、まとめられている。 心理的適応を促進するために、患者は、できる限り活動を維持し、自分の生活をコントロールできる方法で感情を認めて表現し、自己管理を行い、病気のポジティブなアウトカムに着目する必要がある。 これらの戦略を使用する患者は、慢性病によって起こされる難問にうまく適応できる可能性が大きい。
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本論文は、PROで評価される概念のひとつであり、健康指標としてはあいまいな位置づけにある「心理的適応」というテーマが、Lancet誌に掲載された、という点で、貴重な論文である。 本論文では、“認知的側面”の解説の中で、QOL研究で発見されたレスポンスシフト概念に言及しており、 この概念が心理的適応研究に役立つであろうことが書かれている。 QOL/PRO研究会でも、PRO評価の課題の一つとして、引き続き「レスポンスシフト」評価に取り組んでいく必要がある。(SY)
少人数患者対象の治療評価における統計的挑戦
Korn EL, et al. Statistical Challenges in the Evaluation of Treatments for Small Patient Populations. Science Translational Medicine 2013; 5(178);1-14.
新治療を開発する際、その有効性を評価するために、患者を新治療と従来の治療とにランダムに割り付ける大規模臨床試験(RCT)を実施するのが一般的な手法である。 大規模RCTの結果は、標準治療と比較した新治療の臨床的利益について、正確でバイアスのない評価をもたらす。 しかし、希少な病気や、一般的な病気であっても少人数サブグループを評価する場合には、大規模RCTを行うことができない。 このレビュー論文では、少人数対象研究における代替的臨床研究デザインと統計的挑戦について、6つの観点から解説している。 1) 無作為化臨床試験で必要サンプルサイズを少なくする方法:マルチアーム試験、クロスオーバーデザイン、等; 2) 代替中間エンドポイントの設定;3) 対照群のない研究デザイン; 4)非ランダム化後ろ向きデザインや並列的対照群を使う研究デザイン; 5) 各個人が標準的治療を受けた後に実験的治療を受けるデザイン(前後試験デザイン); 6) 治療の評価をバイオマーカーで定義した少人数サブグループに制限する研究デザイン。 結論として、標準治療より明らかに良いと考えられる新治療の評価においてはRCT実施は必須条件ではないこと、 中等度以上の治療利益が期待される場合には小規模のRCT、非ランダム化後ろ向き比較や同時的比較試験、 非ランダム化前後試験デザインの選択が推奨されること、中等度未満の治療利益が期待される場合には大規模RCTが必要であること、 どのデザインでも目的の明確化およびそのための分析計画の事前設定が重要であること、が述べられている。
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昨今、QOL/PRO指標が医療介入のアウトカムとして設定されることが増加している。 その際、さまざまな条件から、大規模研究の実施が困難である状況を多くの人が経験していることであろう。 本論文は、そのような状況で検討可能な選択肢に関する示唆を与えてくれる(とはいえ、その選択肢はさほど多くはない)。(SY)
<2014年1月 文献紹介>
異なる癌種の予後予測因子としてのQOLと症状調査の多試験データ分析
Quinten C, et al. A Global Analysis of Multitrial Data Investigating Quality of Life and Symptoms as Prognostic Factors for Survival in Different Tumor Sites. Cancer. Oct 11. doi: 10.1002/cncr.28382. 2013.
背景:本研究の目的は、1つの標準的かつ妥当性の検証された自記式評価ツールで測定したベースラインのHRQoLの、予後予測因子として意義を様々な癌種で検討することである。 方法:本研究の実施のため、11の癌種を対象とし、European Organization for Research and Treatment of Cancer (EORTC)で実施された30のランダム化比較試験を選択した。 各癌種につき、EORTC Core Quality of Life Questionnaire (QLQ-C30)を用いた15のHRQoLパラメータを用い、単変量およびCox比例ハザードモデルを用いた多変量解析により、予後予測因子としての意義を検討した。 モデル解析では年齢、性別、World Health Organization performance statusを調整因子とし、遠隔転移の有無により層別した。 結果:合計7417名の患者がランダム化割付前にEORTC QLQ-C30に回答していた。 各癌種における生命予後予測因子は以下であった。 脳腫瘍では認知機能;乳癌では身体機能、情緒機能、全般的な健康状態、悪心、嘔吐;結腸・直腸癌では身体機能、悪心、嘔吐、疼痛、食思不振;食道癌では身体機能、社会機能;頭頸部癌では情緒機能、悪心、嘔吐、呼吸困難;肺癌では身体機能、疼痛;悪性黒色腫では身体機能;卵巣癌では悪心、嘔吐;膵臓癌では全般的な健康状態;前立腺癌では役割機能、食思不振;精巣癌では役割機能。 結論:本研究結果により、各癌種において,最低1つのHRQoLドメインには、臨床的あるいは社会的な予後規定要因に相補的に、あるいはこれらを優越する予後予測情報として意義のあることが明らかになった。
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HRQoLは臨床試験のエンドポイントとして一般的になったが、その測定意義は、特に群間の生命予後に差がない場合に重視されている。 HRQoLのデータは、癌関連症状、治療効果、患者の疾病や治療に対する適応等の重要な情報を提示しているものの、臨床上の意思決定には十分に活用されていない現状がある。 癌臨床試験におけるHRQoL評価のさらなる臨床的な意義を明確にするため、EORTCでは以前より癌患者におけるHRQoLの生命予後予測因子としての意義に関する検証を重ねており、本報告はその追加解析結果である。 この研究の特徴は、予後を規定するHRQoLのドメインや症状は、癌種に特異的であるという仮説に基づいている。 結果は仮説を支持するものであった。 筆者らは、HRQoLはソフトなエンドポイントと理解されがちであるが、この結果を基に、HRQoLの意義は深淵であり、より臨床の意思決定に活用されるべきである主張している。 本研究の限界として、ランダム化比較試験の後解析である点、多重解析の問題があげられる。 本結果は、他のデータセット、あるいは前向き研究にて妥当性が検証される必要がある。(TN)
長期乳癌サバイバーのQOL
Hsu T et al. Quality of life in long-term breast cancer survivors. J Clin Oncol. 2013 Oct 1;31(28):3540-8.
目的:乳癌サバイバーの長期的なQoLに関心が高まっている。 長期経過観察により乳癌診断時からのQoLの変化を検討するとともに、長期乳癌サバイバーのQoLと年齢を合わせた乳癌既往のない女性とのQoLを比較した。 患者と方法:トロント大学病院で1989~1996年に限局性乳癌(T1-3N0-1M0)と診断され、診断時と診断後1年にQoL調査を実施した女性535例を対象とした。 これらを対象としてlong-term follow-up (LTFU) studyを計画し、2005~2007年の期間に無再発生存者のQoL調査を実施した。 調査票は、European Organisation for Research and Treatment ofCancer Quality of Life Questionnaire C30 (EORTC QLQ-30)、Profile of Mood States (POMS)、Psychological Adjustment to Illness Scale (PAIS)、Impact of Event Scale (IES)、Fatigue Symptom Inventory (FSI)、Short Form (36) Health Survey (SF-36)を用いた。 健常者コントロールはマンモグラフィ検診受診者とした。 解析はQoLを8領域(全般的QoL;身体機能・倦怠感・活力;その他の身体症状:社会機能;役割機能と制限;認知機能・忌まわしい記憶・回避;情緒機能と兆候:その他)に分類し、診断時からの経時的変化と、コントロールとの比較を実施。 臨床的に意味のある差として、スコア幅の5%と10%に閾値を設定した。 結果:研究の対象者は285名で、平均観察期間は12.5年。 経時的な比較では診断後1年時点で臨床的に意味のあるQoLの改善を認め、さらに長期観察により改善が認められた。 健常者コントロールは167名であり、乳癌サバイバーとの比較の結果、乳癌サバイバーは自覚的認知機能(5.3%の差)、経済面(6.3%の差)で劣っていた。 結論:長期乳癌サバイバーは時間経過とともに多くのQoLドメインで改善を認め、長期的には健常者と大差はなかった。 しかし、認知機能と経済面で小さな差が認められた。
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Cancer survivorship researchへの関心の高まりとともに、サバイバーの長期的なQoLへの関心が高まっている。 過去、10年を超える乳癌サバイバーのQoLに関する報告はなく、かつ詳細な比較を実施しているのが本研究のstrong pointである。 Cancer survivorship researchでは、癌の診断や治療、特に薬物療法による長期的な認知機能への影響に関心が高まっているが、本研究の対象者は診断当時、現在ほどintensiveな治療を受けていない。 筆者らは、乳癌治療としてアロマターゼ阻害剤やタキサン系薬剤、濃度を高めた化学療法が一般的に実施されている現在、認知機能への影響はより大きなものではないかと考察している。 QoLスコアの比較では単に統計学的差ではなく、臨床的に意味のある差があるか否かを検証することが重要である(Minimally important difference: MID)。 本研究の解析のように、近年の臨床試験におけるQoLの解析では、解析計画の段階で、あらかじめ意味のあるスコアの差を閾値として設定し、解析した報告が多く認められるようになった。(TN)