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文献紹介:2015年
<2015年12月 文献紹介>
転移性膵臓癌患者の健康関連QOLの予後値:ランダムフォレスト法
Diouf M, Filleron T, Pointet AL, et al. Prognostic value of health-related quality of life in patients with metastatic pancreatic adenocarcinoma: a random forest methodology. Qual Lif Res 2015 Nov 28 [Epub ahead of print].
【目的】転移性膵臓癌(mPA)の患者におけるEastern Cooperative Oncology Group Performance Status(ECOG-PS)は治療法を選定するための重要な指標である。 しかしながら先行研究では、ECOG-PSが同等な集団において、患者が報告する健康関連QoL(HRQoL)が予後予測のための追加情報になることが認められている。 本研究の目的は、mPAにおいて独立した予後値となるHRQoLスケールを特定すること、およびmPA患者における予後集団について検討することである。 【方法】FIREGEM第II相試験において2007年から2011年にかけて募集された、化学療法を受けていない98名のmPA患者のデータを解析した。 FIREGEM第II相試験は二つの化学療法レジメの有効性を比較することを目的とした試験である。 HRQoLデータは、European Organization for Research and Treatment of Cancer QLQ-c30 questionnaireを用いて評価された。Random survival forest(RSF)解析法を用いて欠測値および生存率(OS)の主要な予後値を分析した。 【結果】患者の60%(59/98)がベースラインにおいてHRQoL評価を行った。12個の予後値が特定された。最も重要な予後値は、重要度の順に、疲労、食欲不振、日常的役割機能、および三つの臨床検査値であった。 Harrell’s C統計量は0.65であった。生存率の変動のほとんどは疲労スコアによって説明できた。 【結論】本研究では、高いECOG-PSを有するmPA患者において、HRQoLスコアが予後値として認められた。疲労、食欲不振、自己認識および日常活動が臨床検査値より予後予測に優れているという結果であった。 限定された患者集団において、特に疲労の症状は予後予測に用いられるべきだと考えられる。
コメント
HRQoLが有効性・安全性評価では測定しきれない患者の情報として重要であることは、多くの先行研究において示唆されてきた結論である。 特に癌領域では、疾患のみならず治療がもたらす患者とその家族への負担についてHRQoL評価が行われてきた。 しかし本研究では、こういった結論を裏付ける更なるエビデンスが求められている。すなわち、予後予測においてHRQoLが重要な役割を担う可能性について検討している。 また、限定された集団においては、臨床検査値を上回る予後予測力をHRQoLスコアが有するという結果は非常に興味深い。 一方で、N数も98人と少ない研究で、研究者も言及しているように、癌の種類によって予後値としてのHRQoL異なる可能性が存在する。 N数が多く、本研究の限定された集団に留まらない様々な集団における研究が実施されれば、さらなる見解が得られるのではないかと考える。(TE)
<2015年11月 文献紹介>
代理人評価と自己申告による知的障害成人のQOL:精神症状、問題行動、向精神薬、アンメットニーズの影響
Koch AD, Vogel A, Becker T, et al. Proxy and self-reported Quality of Life in adults with intellectual disabilities: Impact of psychiatric symptoms, problem behaviour, psychotropic medication and unmet needs. Res Dev Disabil. 2015 Oct-Nov; 45-46:136-46.
【背景】代理人は知的障害(intellectual disability:ID)のある成人の主観的QOLを過小評価している。 しかしながら、これらの理由についてはよくわかっていない。 【目的】本研究の第一の目的はIDのある成人本人の回答と作業所および入所施設スタッフの代理人回答を比較することで、第二の目的は4つの潜在的な因子の影響の違いを検討することである。 【方法】IDのある102人の成人のデータがMEMENTA study(IDと精神障害を持つ大人のためのメンタルヘルスケアの提供)の一部として集められた。 QOLはWHOQOL-BREF(Physical, Psychological, Social, Environment)、WHOQOL-DIS(Disability)を用い、潜在的な因子として、精神症状、問題行動、ニーズ、向精神薬の使用を別途に調べた。 【結果】本人回答のQOLスコアは72.6から86.8の範囲であった。双方の代理人ともQOLを低く回答し(65.0~80.7)、本人回答との一致度はかなり弱かった(ICC:0.04~0.52)。 本人回答ではアンメットニーズや向精神薬の使用がQOLを低下させる要因として確認され、代理人回答では精神症状や問題行動、向精神薬の増加がQOL低下の主要な要因として確認された。 【結論】代理人は代理人回答としてのQOL評価において、より全体的なアプローチができるように努力しなければならない。 そして、IDのある大人によると、サービスプロバイダは彼らのQOLを改善するためにアンメットニーズと向精神薬を減らすことに集中しなければならない。
コメント
QOL評価を考えるとき、代理人による回答は決して否定できない手法だと考えている。 なぜなら、本人が回答したくともそれが不可能な場合があるからである。子供、失語症、認知症などが少なくともその対象で、数多くの先行研究がそこに焦点を当てて報告されている。 本論文は知的障害のある成人を対象とした初めての本人回答と代理人回答の比較である。 今回の代理人は介護職だが、先行研究が示してきた通り、この研究の結果も本人回答に比べ、代理人回答が低い値を示した。 また両者のQOL評価の視点の違いが精神症状、問題行動、アンメットニーズなどの因子として関連付けられた。 これはまさに自己と他者の違いが影響しており、そこには症状を主観的に感じる本人と症状を客観視することしかできない代理人の決定的な解離が存在しているのだと思われる。 一方で,認知症を対象とした研究でしばしば指摘されている、本人回答の信頼性や妥当性については一切触れられていない。 QOL評価を資源配分に使用する際には、このポイントは避けては通れない課題になるであろう。 いずれにしても、代理人回答が避けられない対象者のために、症状を理解するトレーニングや評価手法の開発が必要なのだと考えさせられる論文である。(NS)
<2015年10月 文献紹介>
補助化学療法中の軽度の身体活動と中等度から高度の強度の運動が体力、疲労、化学療法完遂に及ぼす影響: PACESランダム化臨床試験の結果
van Waart H, Stuiver MM, van Harten WH, et al. Effect of Low-Intensity Physical Activity and Moderate- to High-Intensity Physical Exercise During Adjuvant Chemotherapy on Physical Fitness, Fatigue, and Chemotherapy Completion Rates: Results of the PACES Randomized Clinical Trial. J Clin Oncol. 2015;33(17):1918-27.
【目的】乳がん術後の補助化学療法中の患者において、体力を維持・向上させ、倦怠感を和らげ、QoLを高め、化学療法完遂率を高めるため、家庭で実施可能な軽度の身体活動プログラム(OncoMove)、中等度~高度の強度を伴う筋力と有酸素運動を併用した管理下の運動介入プログラム(OnTrack)、通常のケア(UC)の有効性の検討を行った。
【方法】化学療法施行予定の患者230名を、OncoMove、OnTrack、UCに無作為に割り付けた。 Performance-based、およびself-reported outcomeはランダム化割り付け前、化学療法の終了時、および6カ月時点で調査した。 グループ間の比較には、一般化推定方程式を用いた。
【結果】OncoMove、OnTrack群は、UC群に比べ、より心肺機能の低下が少なく(P<.001)、身体機能が良好で(P<.001)、吐き気や嘔吐が少なく(P=0.029と0.031)、疼痛が少なかった(P=0.003と0.011)。 さらにOnTrack群では、筋力および身体疲労の面においても有意に優れていた。 6カ月時点では、3群ともに、どのアウトカムもほぼbaselineのレベルに改善していた。 OnTrack群では、化学療法剤の調整が必要な患者の割合がUC群、もしくはOncoMove群に比べ有意に少なかった(P=0.002)。 OncoMove、OnTrack群ともに、UC群に比べより早期に仕事に復帰していた(P=0.012)と同時に、週当たりの労働時間が有意に長かった。
【結語】化学療法施行中の乳がん患者に対する、中等度~高度の強度を伴う筋力と有酸素運動を併用した管理下の運動介入プログラムが最も有効である。 強度の身体活動が困難な、あるいは希望しない患者に対しては、家庭で実施可能な軽度の身体活動プログラムも選択肢となる。
コメント
オランダで実施された、術後補助化学療法施行中の乳がん患者に対する、運動介入プログラムのランダム化比較試験。 乳がん術後の早期の運動介入研究はいくつの報告があるが、強度の身体活動プログラムの有効性が報告されたのは、2013年の報告に引き続き2つめの報告になる(2013年の論文は、以前の新着論文紹介でも取り上げた:J Natl Cancer Inst. 2013;105(23):1821-32.)。 この研究では、PROsに加えて、術後化学療法の減量・完遂率や仕事復帰までの期間、仕事時間をアウトカムとして評価に加えた点に新規性がある。特に化学療法剤のrelative-dose intensityは予後への影響が報告されていることから、運動介入を支持するより強い根拠が得られたことになる。 運動介入プログラムを比較するランダム化比較試験で、常に問題になるのが選択バイアスである。 この研究に参加した対象者は、本来運動に対する意欲が高いため、得られた結果の一般化が可能かどうか、という意見がある。 本研究でのリクルート対象者に対する同意取得率は約50%であった。 しかし、運動介入プログラムのHarmは少なく、化学療法施行中であっても安全に実施可能であることが示されている。 この研究結果の解釈として日本人の一般的感覚とは少し異なるが、化学療法中であっても積極的に運動が推奨される、ということになる。(TN)
卵巣機能抑制治療下の初期乳がん閉経前女性の補助エキセメスタン対タモキシフェンによる患者報告アウトカム(TEXTとSOFT): 2つの第3相試験の合同分析
Bernhard J, Luo W, Ribi K, et al. Patient-reported outcomes with adjuvant exemestane versus tamoxifen in premenopausal women with early breast cancer undergoing ovarian suppression (TEXT and SOFT): a combined analysis of two phase 3 randomised trials. Lancet Oncol. 2015;16(7):848-58.
【背景】TEXT及びSOFT試験の有効性に関する統合解析の結果、エキサメスタンと卵巣機能抑制は、タモキシフェンと卵巣機能抑制に比べ、無病生存期間において有意に良好であることが示された。これらの試験のPatient-reported outcomes (PROs)を示す。
【方法】2003年11月7日から2011年4月7日の期間に、4717名のホルモン受容体陽性乳がん閉経前女性が、乳がんの術後補助療法として、5年間のエキサメスタン+卵巣機能抑制とタモキシフェン+卵巣機能抑制を比較するTEXTもしくはSOFT 非盲検試験に登録された。 卵巣機能抑制には、Gonadotropin-releasing hormone analogue であるトリプトレリン、あるいは両側卵巣摘出、両側卵巣への放射線照射が用いられた。 化学療法は、選択制とした。置換ブロック法によるランダム化割り付けは、International Breast Cancer Studyグループのインターネットシステムで実施し、層別因子は化学療法とリンパ節転移とした。 QoLは、いくつかの全般的、および症状指標からなる自記式QoL調査票を用いて、最初の24カ月間は6カ月毎に、3-6年目までは1年毎に調査した。 2つの治療群間の相違は、baselineから6, 24, 60カ月時点までの変化量を、混合モデルによる反復測定解析法により、全対象例、および化学療法の有無で層別した対照群につき比較した。解析はintention to treat とした。 解析時点での観察期間中央値は7.7年(四分位値:3.7-6.9年)であり、治療と観察は継続中である。
【結果】5年間を通じ、ホットフラッシュと発汗は、エキサメスタン+卵巣機能抑制群に比べ、タモキシフェン+卵巣機能抑制群でより強く求められたが、改善傾向を示した。 膣乾燥、性欲減退、性的興奮の障害は、エキサメスタン+卵巣機能抑制群でより多く報告され、これらの相違は継続して認められた。 骨もしくは関節痛の増加は、エキサメスタン+卵巣機能抑制群で、特に治療早期に顕著に認められた。 5年間を通じて、Baselineからの全般的なQoLの変化は少なく、両群ともに同様であった。
【結語】QoLの観点から、エキサメスタン+卵巣機能抑制あるいはタモキシフェン+卵巣機能抑制のいずれかを推奨できる強い根拠は得られなかった。 2つの治療に伴い認められることが明白な内分泌関連症状に関しては、各々の患者に情報提供される必要がある。
コメント
ホルモン受容体陽性の閉経後乳がん患者の補助療法としては、いくつかの大規模比較試験の結果、アロマターゼ阻害剤(エキサメスタン、アナストロゾール、レトロゾール)のタモキシフェンに対する優位性が証明され、現在では第一選択薬となっている。 また、これらの比較試験におけるQoLや内分泌関連症状の比較の結果、全般的なQoLへの影響では差がないものの、内分泌関連症状には相違があることが報告されている。 この論文は、閉経前女性を対象とした、アロマターゼ阻害剤(エキサメスタン)とタモキシフェンとのQoLや内分泌関連症状の比較研究としては初めての報告であり、その意義は大きい。 得られた結論は、閉経後女性で得られた知見とほぼ同様であった。
薬剤の比較臨床研究において、「全般的なQoLへの影響は同様であった」との結論にはそれなりの意義はあるが、実臨床における治療選択の根拠としては不十分であるように思う。 本研究のように、各々の薬剤に特徴的と想定される症状に着目し、丁寧に調査していくことにより、患者さんや医療者の治療選択の一助となる、より多くの情報を得ることができる。
本研究には世界の500以上の施設が参加し、PROの評価は、登録4717例の内4096例(86%)を対象に実施されている。 6カ月、2年、5年時の調査票回収率は90%、86%、79%と高い水準が保たれている。結果の新規性や調査の質が保たれれば、副次的なQoLの評価結果であっても、トップジャーナルに掲載される。(TN)
<2015年9月 文献紹介>
癌領域におけるQOL研究の経時的な解析方法の一つとしての、健康関連QOLスコアが悪化するまでの時間について: 標準化のためにQOLにおけるRECISTが必要か?
Anota A, Hamidou Z, Paget-Bailly S, et al. Time to health-related quality of life score deterioration as a modality of longitudinal analysis for health-related quality of life studies in oncology: do we need RECIST for quality of life to achieve standardization? Qual Life Res. 2015;24(1):5-18.
目的: 健康関連QOL (HRQOL)における経時的な解析方法は、標準化されておらず、結果の試験間比較を難しくしている。 癌領域では、様々な統計的手法が利用できるものの、その結果が標準的なケアを変えるためには、十分に活用されていない。 その主な理由は、標準化がなされておらず、臨床的に意味のある結果を提案することができていないためである。 そのような状況の中で、[スコアが]悪化するまでの時間(time to deterioration; TTD)[を用いた解析]が、癌における経時的なHRQOLの解析手法の一つとして提案されている。 腫瘍の反応と進展に関して、HRQOLのRECIST基準を開発することを提案する。 方法: 本論文ではTTDの様々な定義を調査した。早期乳癌と転移性膵臓癌について、臨床的に意味のある最小差を5点として、この方法を適応した。 乳癌では、ベースラインスコアあるいは以前の最善のスコアと比べたTTDを定義した。 膵臓癌(群1: ゲムシタビン+FOLFIRI、群2: ゲムシタビンのみ)においては、明確な悪化までの時間(time until definitive deterioration : TUDD)を、死亡をイベントとした場合としない場合について調べた。 結果: 乳癌の研究においては、381名の患者が含まれた。TTDの中央値は、参照するスコアの選択によって影響を受けた。 膵臓癌では98名が組み入れられた。群1の患者は、ほとんどのQOLスコアにおいて、群2よりTUDDが長かった。 TUDDの結果は、使用する悪化の定義によって、わずかに異なっていた。 結論: 腫瘍のパラメータとともに、HRQOLを主要評価項目のひとつとして用いるため、膵臓癌と肝転移のある大腸癌において、HRQOLのRECISTを開発するというアイデアを国際的なARCADグループが支持している。
コメント
QOLスコアがMID(臨床的に意味のある最小差)だけ悪化するまでの時間を、生存時間解析の枠組みで取り扱うTTD解析は、特に癌の領域におけるQOLの解析方法として一般的なものとなってきている。 ただし、このTTD解析は、そのTTDの定義が十分には標準化されておらず、用いる定義によっては結果が異なってしまうことがある。 例えば、MIDの大きさはもちろん、本論文中では、(a) どの値を参照するか(ベースライン?、最善値?、一時点前?)、(b) どのように定義するか(スコアが改善した場合はどうするか、複数回ベースラインのスコアから悪化している場合はどの時点を用いるのかなど)、 (c) 死亡をどう扱うのか、(d) ベースラインやフォローアップデータのない患者をどう扱うのか等があげられている。 カプラン・マイヤー曲線は例えば死亡をイベントとするか否かで大きくその形状が変わることは容易に想像できるだろう。 現在のところ解析作業においてこれらのどの定義を用いるかについては、研究者にゆだねられている。 このことは、自由度が高く柔軟な解析が可能である反面、恣意的な都合のよい解析が行われる可能性も否定できない。 さらには論文によっては、定義が明確に示されておらず、何をもってイベントとしたのかわからない場合もある。 TTD解析について何らかの標準化が必要であるという著者らの提案は、結果を解釈する際の混乱を防ぐためにも、重要なものであると考えられる。(ST)
<2015年8月 文献紹介>
すべての健康増進が等しく重要なのか? 医療優先度設定の基準点としての受容可能な健康の探索
Wouters S et al. Are all health gains equally important? An exploration of acceptable health as a reference point in health care priority setting.Health and Quality of Life Outcomes 2015;13:79.
背景:蓄積しつつある証拠によれば、社会の成員はQALYの増加を他のものよりも好むことがわかってきた。 この論文では、我々は、健康増進の価値を測定するにあたって、基準点として受容可能な健康という概念について探索する。 健康利益の価値は、この基準レベルに対する相対的な位置という形で評価可能である。 受容可能な健康レベルよりも上の利益はこのレベルよりも下の利益とは異なった価値として評価できる。 この論文では、背景因子の異なった年齢や社会における受容可能な健康のレベルを評価することに焦点を当てる。 方法:40歳から90歳の間の10歳刻みで人々が健康問題のレベルとしてどのくらいのレベルを受け入れることができるかを調査するために、オランダの成人から対象者(N=1067)をリクルートした。 我々は、受容可能な健康カーブを作成し、受容可能な健康と背景の因子を、線形回帰によって関連づけた。 結果:本研究の結果から、受容可能と考えられる健康レベルは、年齢が高くなるにつれて低下することが明らかとなった。 このレベルは回答者の年齢、近親者の死、健康と健康行動に関連していた。 結論:我々の結果から、人々は異なった年齢ごとに受容可能な健康レベルを示すことが可能であることが示唆された。 このことは受容可能な健康の基準点が存在する可能性を意味している。 受容可能な健康の測定についてはさらなる調査が必要である一方で、今後の研究では、健康増進がこの基準レベルと比較してどのように価値づけられるのかについても焦点をあてることも必要だろう。 この基準点よりも低い利得はこのレベルよりも高い利得よりも、より重い荷重を与える必要がある。 なぜなら、前者は受容不可能な健康状態を改善するのに対して、後者は受容可能な健康状態を改善しているからである。
コメント
QALYによる医療資源配分に対する批判として、平等性への配慮の不足が挙げられる。QALYを修正する2つの平等原則として、フェア・イニング原理と疾患重症度論がある。 フェアイング原理というのは、いまだ人生のイニングを十分に生きていない人を、既にそうした期間を生きてきた人より優先するという考え方である。 これに対し、疾患重症度論というのは、健康状態の悪い人を優先するという考えである。 この両者をQALYの重み付けに使用し、QALYを修正するというアプローチはこれまでも見られたが、筆者らは、ここに完全な健康ではないけれど、受容可能な健康状態という概念を導入し、この二つの平等原則をQALYに盛り込む方法に取り組んでいる。 具体的にはEQ-5D-3Lの健康状態のうち、各ドメインごとにそれぞれの状態を40歳から、10歳刻みで、受容可能かどうか被験者に尋ねることで、受容可能な健康状態を算出している。 たとえば移動の程度の3「私はベッドに寝たきりである」という状態について、40歳以降なら受容できるか、50歳以降ならどうかという風に質問している。 結果は当然のことながら、年齢が上昇するにつれ、受容可能な健康状態は低くなる(40歳で0.95、80歳で0.30)。端的に言えば、歳をとれば体が動かなくなるのはある程度仕方が無いということである。こうして描出した受容可能健康カーブを修正QALYに用いてはどうかというのが、筆者らの主張である。 このカーブよりも下の健康状態には、それより上の健康状態より、より大きな重み付けをすべきであるというのがその趣旨であるが、一方で、この研究は記述的(descriptive)なものであって、規範的(normative)なものではないことから、この概念(受容可能な健康)に基づいて、医療資源配分をすることは可能ではあるものの、そうすべきであるとは言えないと本研究の限界に言及している。 これは恐らくレフリーの指摘に応えたものであろう。 同じオランダのStolkらは、proportional shortfallというQLAY修正法を提唱しているが、オランダではこうしたQALYの重み付けを変えることで平等主義的にそれを修正しようというアプローチが盛んなことは興味深い。(SS)
<2015年7月 文献紹介>
PRO評価における経時的変化の解釈方法
Wyrwich KW, et ai. Methods for interpreting change over time in patient-reported outcome measures. Qual Life Res. 2013;22:475-83.
目的: PRO測定におけるスコアの変化解釈の指針を、介入の効果判定やPRO結果を監督機関、患者、医師、医療関係者に伝えるために解釈のガイドラインは必要である。 2009年に米国FDAが提供した「患者報告アウトカム(Patient-Reported Outcome: PRO)の測定法:医薬品/医療機器における適応申請のための方法」では治療効果のエビデンスとしてPROスコアの意味がある変化の提供を推奨している。 方法:本稿では、方法の展開と記述に使用されている用語を概説し、意味があるPROの変化スコアを認知する最小の値を記述し報告する。 結果:外的基準をアンカーとする方法と統計学的分布による方法は重要である。FDAは横断的な患者の全体的な評価、コンセプト、回答者が定める推定値のアンカーを基準とした方法を重視した。 それは個人レベルの治療効果を述べている。FDAは研究の母集団間の治療効果を示すには累積分布関数(CDF)を提案している。 結論:CDFsが重要であるとしても、それはアンカーを基準とした方法を用いた経時的な変化を適切に認知できる最小の値を提供する、回答者が定める入念な研究の代わりとするべきではない。
コメント
MID(Minimally Important Difference)に関するレビューであるが、FDAのガイダンスを中心に検討されていることから、FDAが最終稿で使用した「意味がある変化(interpreting change)」という語で記述している。 臨床で意味があるPRO(QOLを含む)のスコアの差について、歴史的な変遷をJaeschke(1989)からFDAのガイダンス(2009)までを端的に整理している。 また、MID推定方法として、アンカーを基準とした方法(anchor-based approch)、統計学的分布による方法(distribution-based methods)、統計学的な累積分布関数(CDF)についてそれぞれ説明している。 著者は、個人レベルではアンカーを基準とする方法を推奨しているが、一方CDFを用いた研究が見当たらなかったことから、3つの方法での検討が必要であろうとの提案をしている。 MIDを巡る用語の整理は今後も必要であろう。MID研究においては、参考となるレビューの一つである。(MK)
<2015年6月 文献紹介>
頭頸部がん患者におけるベースライン時点の健康状態、摂食嚥下障害と生存期間
Lango MN, et ai. Baseline health perceptions, dysphagia, and survival in patients with head and neck cancer. Cancer. 2014 Mar 15;120:840-7. doi:10.1002/cncr.28482.
目的:頭頸部がん患者が申告した摂食嚥下障害は、QOLの様々な下位尺度に影響し、疾患の再発や疾患関連死亡を予測するという仮説を検証した。 方法:米国の医療機関で実施された前向きコホート研究。治療開始前の頭頸部がん患者159名を登録し、Swal-QOLとEuroQOL-5D-3Lの回答を得た。 ECOG performance status (PS)や過去6ヶ月間の体重減少等の臨床データも収集された。ベースライン以降の疾患再発や死亡状況を把握し、分析した。 結果:Swal-QOLやEuroQOL-5D-3Lによって評価された、ベースライン時の摂食嚥下障害や疼痛、健康状態不良は、治療前の体重減少や腫瘍の大きさに関連していた。 摂食嚥下障害を報告した患者の58%が5%以上の体重減少を経験していた。摂食嚥下障害は体重減少とは独立に、疼痛や健康状態不良と関連していた。 男性は摂食嚥下障害のみ、女性患者は摂食嚥下障害と疼痛を同時に報告する傾向があった。生存者の追跡期間の中央値は32ヶ月(範囲1-71ヶ月)であった。 腫瘍の大きさ、リンパ節転移、PS、喫煙状況、体重減少を調整後も、摂食嚥下障害は疾患の再発や疾患関連死亡を予測した(無再発生存期間 [ハザード比3.8、95%信頼区間1.7-8.4]、疾患関連死亡 [ハザード比4.2、95%信頼区間1.05-5.0])。 結論:ベースライン時の摂食嚥下障害は、QOLの様々な下位尺度や健康状態の認識に影響を与えていた。 摂食嚥下障害の評価は栄養状態維持や、疾患の再発や疾患関連死亡を生じやすい患者の特定に役立つものである。
コメント
Swal-QOLは、米国で開発された摂食嚥下障害に関する44項目のQOL尺度である。本尺度は5択、11の下位尺度で構成されている。 本研究において、下位尺度の「食の選択」と「食の欲求」がとくに生存を予測していたことから、体重減少といった客観的指標と比較して、主観的指標がより鋭敏に全身状態の変化をとらえていた可能性が指摘されている。 頭頸部がん患者において患者報告アウトカム評価はじゅうぶんなされているとは言えず、臨床におけるそれらの有用性も明確でない。 そのような中、今回の知見は貴重なものであり、関連研究のさらなる蓄積が望まれる。(NM)
<2015年5月 文献紹介>
プラチナム抵抗性卵巣がんを対象としたベバシズマブを含む治療を評価するオープンラベル第3相AURELIA試験におけるPRO評価結果
Stockler MR, et al.: Patient-reported outcome results from the open-label phase III AURELIA trial evaluating bevacizumab-containing therapy for platinum-resistant ovarian cancer. J Clin Oncol 2014; 32(13):1309-1316.
卵巣がんを対象とした抗癌剤の臨床試験のsecondary endpointとして、PRO評価が行われた。 本ランダム化比較試験における治療アームは、化療単独(CT)対ベバシズマブ(BEV-CT)である。 PRO測定尺度は、EORTC QLQ-OV28とFOSI(FACTの卵巣がん症状インデックス)である。測定時点は、baselineと、再燃まで2/3サイクル週毎(8/9週)である。 PROの主仮説は、8/9週目のEORTC QLQ-OV28の腹部/GI症状下位尺度において、BEV-CT群でより多くの患者が、少なくとも15%(≧15-point)の絶対的改善がみられることである。 8/9週の時点でデータが欠測している場合は非改善に含んだ。また、再燃までのすべての測定結果を用いて混合モデル反復測定(MMRM)で解析した。 感度分析は異なる仮説による効果と欠測値の処理方法により行った。結果は、主仮説では統計学的有意差が得られた。 EORTCでは、21.9% v 9.3%(BEV-CT v CT)で12.7%の差 (95%CI 4.4-20.9; P=.002)。MMRM解析では 6.4point差(95%CI 1.3-11.6; P=.015)。 一方、FOCIでは9%差(12.2% v 3.1%; 95%CI 2.9-15.2; P=.003)が得られた。
コメント
本論文は、最近流行している、MID(minimally important difference)を用いた有意差検定を、様々な工夫をこらした上で行っていることが特徴である。 本論文ではまた同時に、従来統計学的解析方法の定番であった分散分析による有意差検定も行い、MIDの結果を補強している。 本論文では、オープンラベル試験ゆえ、MIDとして良く使われる10%よりも厳しい15%の改善を基準として用いている。 また本論文では、MIDを用いたPRO解析として従来課題とされてきた多くの点で感度分析を試みているところが特徴である。 例えば、時点ごとに変わるデータの欠測程度による結果の違い、改善の基準として15%ではなく10%を用いた場合、PD以外の欠測を非改善に含める場合と含めなかった場合、などで感度分析が行われている。 MIDを用いた標準的手法やガイドラインがまだ開発されていない現在、様々な課題に正面から取り組んだ本論文の丁寧な分析手法とその結果はとても興味深い。(SK)
脳卒中患者の家族介護者のニーズ:介護者視点に関する縦断研究
Tsai PC, et al. Needs of family caregivers of stroke patients: a longitudinal study of caregivers’ perspectives. Patient Preference and Adherence 2015; 9:449-57.
脳梗塞を経験した患者は、結果として障害を伴うことが多いため、入院や自宅でのケアが必要になる。 こういった患者をケアするケアギバーの負担は時に多くストレスを伴うと考えられる。 本研究は、台湾で脳梗塞の患者がICUで治療を終えた後、退院直前、退院2週間後、および退院3か月後において、患者をケアする家族(ケアギバー)のニーズがどのように変化していくかについて検討することを目的とした。 2009年より2010年の間でICUに入院した脳梗塞の患者の家族60人(平均年齢64歳、SD15.58、35%女性)に対しアンケートを行い、上述の4時点において回答を得た。 患者の罹患期間が長い程ケアギバーのニーズは減り、ICUでの治療後、退院直前、退院2週間後、退院3か月後において異なるニーズが示された(P < 0.01)。 4時点において、患者の状態、治療等に関する情報、専門家によるサポート、およびコミュニティネットワークに関するニーズは共通して最も重要視された。 脳梗塞の重症度スコア(National Institutes of Health Stroke Scale scores)、入院期間、および患者の身体的依存はケアギバーのニーズに影響をもたらした。 ICUでの治療後の際にケアギバーのニーズが最も高いことが示された。 患者をケアする家族が必要とするサポートを得るために、専門家による適切な情報提供やカウンセリングが重要である。
コメント
疾患による患者の負担のみならず、患者をケアする介護者・ケアギバーの負担に関する研究は増えてきたという印象だが、本研究に関しては視点を変え、患者の治療状況によりケアギバーのニーズが異なること実証した。 患者のケアに関し医療従事者とともに責任を担っていると言えるケアギバーにとって、その時のニーズにあった情報共有や専門的サポート等がしっかりなされれば、介護者の負担も大いに軽減できるのではないか。 また、本研究におけるケアギバーの背景は、ケアギバーのニーズに影響をもたらさないという結果であったが、一方で、N数も60人と少ない研究である。 ケアギバーの背景毎にサブ解析を行えるようなN数・デザインの研究が実施されれば、さらなる見解が得られるのではないかと考える。(TE)
<2015年4月 文献紹介>
患者・専門職間の生産的相互作用は慢性疾患患者のウェルビーイングに重要
Cramm JM, and Nieboer AP.: The importance of productive patient–professional interaction for the well-being of chronically ill patients. Qual Life Res 2015;24:897-903.
慢性疾患患者とその疾患マネジメントプログラムに携わる医療専門職(家庭医、看護師、理学療法士、薬剤師、等)との生産的相互作用(相互に尊敬し目的を共有して協働する関係)が、患者のウェルビーイングに及ぼす影響を検討することを目的とした研究である。 慢性疾患患者(心血管系、糖尿病、心不全、等)にアンケートを配布し、T1 (2011)とT2 (2012)の2時点で1279名(平均年齢68歳、女性45%)の回答を得た。
患者と最も生産的な対話を行っていた医療専門職は一般開業医であった。 2変量相関分析では、T2時点の患者のウェルビーイングは、T1のウェルビーイング(r = 0.70)が最も関連し、他、医療の質(r = 0.12)、生産的相互作用(r = 0.31)が正の関連を示した。 独居(r =-0.14)、低い教育歴(r =-0.11))、女性であること(r =-0.11)はウェルビーイングと負の関連を示した。 多変量解析では、ベースラインのウェルビーイングと背景特性を制御した後、医療の質がT2のウェルビーイングと関連していた。 さらに生産的相互作用をモデルに加えると、患者のウェルビーイングと強い関連を示し、医療の質とウェルビーイングとの関連は弱まった。
患者-専門職間の生産的相互作用は慢性病患者のウェルビーイングに強く影響し、また、ウェルビーイングと医療の質の関係を媒介する。慢性病ケア提供の質の改善のためには、患者と専門職の関係及びコミュニケーションの質への投資が必要である。
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昨今、患者中心医療(Patient-centered approach)の重要性が強く叫ばれるようになった。 医療関係者は、専門知識に基づいて患者を指導する、という性質だけでは不十分で、患者自身が治療の一環を担うように支援することが求められる。 そのためには、患者の目的を共有し、知識を共有し、立場は異なっても共に疾患をマネジメントする同志として互いを尊重することが必要とされる。 しかしながら、この分野の実証研究は多くはない。 本研究は、数少ない実証研究の一つであるが、解析指標がすべて患者側からの主観的指標であり、医療者側の視点や客観的な医療の質評価は含まれていない。 さらなる研究が俟たれる。(SY)
<2015年3月 文献紹介>
がん治療による有害事象:3つのランダム化試験による患者報告と医療者報告との一致度
Di Maio M, et al. Symptomatic toxicities experienced during anticancer treatment: agreement between patient and physician reporting in three randomized trials.J Clin Oncol. 2015,10;33(8):910-5.
【目的】臨床試験において、癌治療による身体症状を伴う有害事象の評価は、患者からの直接的な報告ではなく、医療者の評価によるものが多い。 医療者による過小評価の可能性があるため、過去に実施された3つのランダム化比較試験のデータを基に、6つの有害事象(食思不振、悪心、嘔吐、便秘、下痢、脱毛)について、患者の報告と医療者報告とを比較した。
【対象と方法】対象とした臨床研究の内訳は、高齢者乳癌患者を対象とした術後化学療法に関する比較試験が1件、進行肺癌を対象とした1次治療に関する比較試験が2件であった。 医療者による有害事象の評価にはNCI-CTCAEの重症度分類が用いられ、患者の主観的評価には、各サイクルの終わりにEORTC-QLQ C30が用いられた。 データの解析は、初回の3サイクルに限定した。各症状につき、患者報告と医療者評価との一致率、医療者による過小評価を分析した。
【結果】全対象症例は1,090例(2,482サイクル)であった。すべての有害事象において、患者報告と医療者評価との一致率は低かった。 医療者の報告に基づく有害事象の発生率は、患者報告に比べ常に低率であった。 患者報告に対し(すべてのグレードを対象に検討)、医療者評価による過小評価率は40.7%- 74.4%であった。 患者が最も重篤と報告した場合に限定すると、医療者の過小評価率は13.0%-50%であった。
【結語】前向きに臨床試験においても、医療者は患者の症状を過小評価するという、高いリスクが認められた。 臨床試験においては、patient-reported outcomesを用いることを強く推奨する。
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これまでにも癌治療による症状を伴う有害事象に関して、医療者評価と患者報告との不一致を報告した研究報告が有る。 この報告の特徴は、これまででサンプル数が最大であることと、ランダム化比較試験のデータを用いた点であり、医療者評価と患者報告との乖離を明らかにした、留めとなる論文とも言える。
筆者らは医療者による過小評価の要因として、1.医療者は直ちに処置を必要としない有害事象には、あまり注意を払っていないこと; 2.医療者は治療と関連ないと判断した患者の症状は、有害事象として報告しないこと;3.医療者は広く認知され、普遍的に発現すると想定される症状は、報告しない可能性があること; 4.患者側の要因として、コミュニケーションの手法の相違(言語と調査票)や、医療者とのコミュニケーションでは治療の恩恵にも関心が払われる可能性; 5.医療者のとのコミュニケーションではCRFに掲載されている、全ての有害事象に関して確認しているわけではないこと;6.診療録と症例報告書に乖離のある可能性のあること、を挙げ、詳細な考察を行っている。
この研究の限定的な点は、NCI-CTCAE、EORTC-QLQ C30ともに、医療者評価と患者評価との一致を検証するために作成された指標ではないこと、ランダム化比較試験の後解析であり、必ずしも両者の評価時期が一致していない点である。(TN)
乳癌化学療法中の運動療法の強度や種類:他施設共同ランダム化比較試験
Reid RD, et al. Effects of exercise dose and type during breast cancer chemotherapy: multicenter randomized trial. J Natl Cancer Inst. 2013;105(23):1821-32.
【背景】乳癌化学療法中の運動は、身体機能や症状を改善することが知られている。しかし、運動の強度や種類による効果の相違に関しては不明である。
【方法】この試験はカナダで実施された多施設共同ランダム化比較試験である。 301例の乳癌患者を、指導者のもとに、週に3回、25-30分の標準的な有酸素運動を行う群(STAN群:96例)、50-60分の強度を増した有酸素運動を行う群(HIGH群:101例)、 50-60分の強度を増した有酸素運動と筋肉に抵抗( レジスタンス)をかける動作を繰り返し行う運動の併用を行う群(COMB群:104例)のいずれかにランダム割付した。 主要評価項目はSF-36で調査した身体機能で、副次的評価項目は他の身体機能スケール、症状、健康状態、化学療法の完遂とした。 統計解析には混合モデル分析を用い、有意差検定は両側検定で実施した。
【結果】PROの回収率は99%であった。調整混合モデル解析の結果、主要評価項目に関しては、HIGH群、STAN群ともにSTAN群に比べ優越性が認められなかった。 副次的評価である未調整の多重解析の結果、HIGH群はSTAN群に比べて、SF-36の身体機能要約スコア(p=0.04)、SF-36の身体の痛み(p=0.02)、内分泌症状(p=0.02)が良好であった。 また、COMB群はSTAN群に比べて内分泌症状(p=0.009)が良好であり、STAN群・HIGH群に比べて筋力が勝っていた。 HIGH群はCOMB群に比べてSF-36の身体の痛み(p=0.04)、有酸素適応度(p=0.03)が良好であった。身体組成や化学療法の完遂率に差は認めなかった。
【結語】乳癌化学療法中でも、強度を増した有酸素運動や筋肉トレーニングが安全に実施できることが確認でき、標準的な運動に比し、身体機能の維持や症状の改善に有効である可能性が示唆された。
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欧米では、乳癌術後の運動が患者のQoLに好影響を及ぼすことは、もはやエビデンスとして確立されており、治療の一環として取り組まれていることが改めて認識された。 本研究では運動介入に関する課題とされた、運動強度や運動の種類を検証したランダム化比較試験であり、この点が研究のstrong pointであり、新しい。 結果として、有酸素運動の運動強度は強いほど、そして筋肉トレーニングを併用することで、より良好な身体機能が保たれ、症状の緩和が良好である可能性を示唆している。 しかしこの研究でのリクルート対象者に対する同意取得率は44%と低く、本研究への参加者は運動に対するモチベーションがある、体力的に自信があるなど、かなり選択された集団ではないかと思われる。 運動介入の臨床研究では、より一般化が可能な手法を検証することの意味が多きいのではないかと考えさせられた。(TN)
<2015年2月 文献紹介>
潜在能力尺度ICECAP-Aのスコアリング方法: イギリスの一般住民タリフの推定
Flynn TN, et al. Scoring the Icecap-a Capability Instrument. Estimation of a UK General Population Tariff. Health Econ. 2015;24(3):258-69.
ICECAP-A(Investigating Choice Experiments Capability Measure for Adults) は、成人における潜在能力(capability)を測定するための新たな尺度である。 本論文では、イギリスにおいてbest-worst scaling (BWS)法に基づき価値付け(訳注:タリフの作成)を実施したので、その結果を報告する。 折り重ねを加えた主効果法(訳注:実験計画法のひとつ)を使用して、全5属性4水準の重みを推定した。 無作為に抽出された413名について、社会人口学的要因やその他の質問とあわせてBWSを実施した。 スケール調整潜在クラス分析(scale-adjusted latent class analysis)により、二つの選好と二つのスケールクラスが同定された。 選好とスケールの異質性を特徴付ける能力は限定的であったが、データの質は良好であり、最終モデルにおいて疑似R2乗値(peudo-r-square)は、高い値を示していた。 異質性を調整した後に、集団のタリフを推定した。結果は、「attachment(愛情)」と「stability(安定性)」が約22%、「autonomy (自律)」と「achievement(達成)」、「enjoyment(楽しみ)」が約18%の説明力があった。 すべての属性において、最悪水準間の潜在能力の差(訳注: 第1水準と第2水準のタリフの差のこと)と最高水準間の差(訳注: 第3水準と第4水準のタリフの差のこと)を比較すると、前者の方が大きな値であった。 このタリフにより、健康分野あるいは公衆衛生一般における経済評価においてICECAP-Aを使用できるようになるだろう。
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ノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センの潜在能力アプローチについては、経済学のみならず公衆衛生領域等でもその考え方に注目する人々も多い。 しかし、潜在能力をどのように測定するかは未解決の問題であった。 本論文は潜在能力を測定するための尺度であるICECAP-Aを開発した著者らの研究チームがイギリスの一般住民を対象にした調査を元にタリフを作成した研究である。 医療経済評価とセンの潜在能力アプローチを接合しようという著者らの試みは挑戦的なものであり、注目に値する。 一方で質問票あるいはタリフの作成にあたっていくつかの課題もあるだろう。 まずICECAPは5項目からなる質問票だが、この5項目で-医療経済評価に使用するという限定的な目的であるにせよ-潜在能力を測定するのに十分なのかという内容妥当性の問題。 また、健康状態の測定と異なり、潜在能力を測定する質問票が文化的差異を超えて普遍性を有するのかという問題、例えば英語版では”love”のような単語が登場するが、日本で欧米と同様に測定可能なのだろうか。 あるいは、より重要な問題として、タリフを作成する際にBWSを用いているが、この方法まさには選好に基づく(preference-based)価値付け手法であり、潜在能力を看板に掲げつつ結局のところ選好に基づく旧来法と変わらないのではないかという疑念。 しかも抄録にあるように個々人の潜在能力を測定することではなく、「集団の」値を測定するのが本タリフの目的である。 しかし、このような課題は残るものの、繰り返しになるが潜在能力アプローチを医療経済評価の枠組みで活用しようという著者らの取り組みは重要なものであると考える。 資源配分において人々の選好ではなく、潜在能力にこそ着目すべきというセンの主張には、一般論としては非常に親近感を感じる。 特に介護等の領域においては、健康状態ではなく潜在能力に着目するアプローチの方が適する場面も多いかもしれない。 今後は前述のように潜在能力をどのようにスコアリングするかという問題、あるいは医療経済評価では汎用されているQALYとの理論的な関係性等についてさらなる議論が待たれる。(ST)
<2015年1月 文献紹介>
認知症患者における自己および介護者による疼痛評価:介護者の疼痛の影響
Orgeta V et al: Self- and Carer-Rated Pain in People with Dementia: Influences of Pain in Carers. Journal of Pain and Symptom Management DOI: 2014 10.1016/j.jpainsymman.2014.10.014.
背景:認知症患者には疼痛がよくみられるにもかかわらず、疼痛評価に影響する因子についてはあまり分かっていない。 また多くの場合、介護者の要素が疼痛の代理評価と関連しているはずであるが、介護自身の痛みが、認知症患者の痛みの評価に与える影響についての研究はほとんど無い。 目的:英国での認知症患者の痛みの頻度を明らかにするとともに、中度から高度認知症患者の疼痛評価に影響を与える因子を見いだし、介護者の疼痛が代理評価に影響を与えるかどうかを調べる。 方法:地域で暮らしている488組の認知症患者と介護者を対象とした横断研究であり、疼痛はEQ-5Dの一部として評価した。 患者の抑うつと不安はCornell Scale for Depression in Dementia and the Rating of Anxiety in Dementia Scaleで、介護者のそれはHospital Anxiety and Depression Scale(HADs)で測定した。 結果:認知症患者の45%が痛みを訴えていたが、介護者評価によるとそれが59%に及んだ。 自己評価にて疼痛がある者は、自己評価健康状態が低い患者(OR: 0.97; 95%CI0.96 – 0.99, P ≤ 0.001),や、自己評価不安が高い患者(OR: 1.07; 95% CI 1.01 – 1.12, P = 0.013)で多かった。 介護者による疼痛評価(代理評価)では、介護者が強い疼痛を経験している場合、患者の疼痛率が高く(介護者の疼痛なし35.2%、介護者の疼痛あり58.9%)なっていた。 結論:以上の結果から、認知症患者で疼痛を訴える者は非常に多いこと、またそれが不安と強く関連していることが分かった。 また、介護者自身の疼痛は認知症患者の疼痛評価に影響を与えていた。
コメント
認知症患者が疼痛を訴えることはよく知られているが、英国の割合大きなサンプルで、疼痛症状を有する患者の率が45%に及ぶことを明らかにした点が重要である。 また認知症患者の自己評価が可能かという問題も指摘されていたが、この研究では問題なく記入できたとのことで、認知症患者のQOL評価は代理評価しかできないわけではないことが改めて分かった。 一方代理評価の方が有疼痛率が高いことは、認知症患者がそれを低めに評価していることを反映している可能性があり、これはQOLの他の項目でも同様のようである。 さらに介護者自身に疼痛がある場合は、代理評価上患者の有疼痛率も高くなっていたことは代理評価を評価する上で重要な視点を与えてくれたものと考える。(SS)