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文献紹介:2021年
<2021年12月 文献紹介>
Vignetteに基づくQOL値の有用性や限界点と方法論的な推奨
Matza L et.al. Vignette-Based Utilities: Usefulness, Limitations, and Methodological Recommendations. VALUE HEALTH. 2021 Jun;24(6):812-821.
https://www.valueinhealthjournal.com/article/S1098-3015(21)00097-8/fulltext?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS1098301521000978%3Fshowall%3Dtrue
目的:医療経済評価に用いられる患者のQOLを表す(utilityやQOL値と呼ばれる)スコアは、多くの場合EQ5Dのようなgeneric preference-based measures(GPBM)によって測定されたスコアに基づくが、これらの標準的なアプローチが難しかったり適切でない場合がある。この時、しばしばvignette-based methods(VBM)と呼ばれる方法が利用されることがあるが、これまでこの方法に関するガイダンスや方法論的レビューはなかったため、この方法に関する推奨を提供することがこの論文の目的である。
VBMが活用される場面:EQ5DのようなGPBMではなく、VBMによるアプローチが必要になる場面には下記のようなものがある:
- 希少疾病など、研究の対象となる患者で十分なサンプルサイズが確保できない場合
- QOLを構成する要素のうち特定の要素のみを変動させたときのスコアへの影響について定量化が必要な場合
- 治療プロセスの違いによるスコアへの影響(process utility)について定量化が必要な場合
- 頻度の低い急性期イベントのスコアが必要な場合
- GPBMで測定可能な頻度より早く健康状態が変動してしまう場合
Vignetteの作成方法:Vignette(スコア化したい健康状態を説明した記述)として記述する各項目は、それぞれ文献や実際の患者に対するインタビューの結果等でサポートされていなければならない。また、Vignetteを作成する際は下記の要件を満たすように検討する:
- 回答者が研究したい健康状態について十分に理解できるように、長くなりすぎず、理解しやすい記述にする。
- Vignetteで患者のすべての経験を表現することはできないため、典型的な患者の経験を記述する(その結果推定されるスコアはその中間的な健康状態に関するものとなる)。
- VBMによる研究は、ある健康状態間のスコアの差について推定することを目的としていることが多いため、それらの健康状態間の違いについて比較しやすいようにデザインする。
- Vignetteに対する回答者の認知を高めるため、イメージ図やビデオ等の補足資料を用意することも有用である。
- 「治療が必要かもしれない」のように、回答者によって解釈が変動してしまう不確実性のある表現を避ける。記述から連想する条件が変わってしまえば、その結果、推定されるスコアも変動してしまう。
- 研究したい健康状態の具体名(病名)を表示するかについては慎重に検討する。病名の表示は記述の明確さを高めたり、バイアスの原因になったり等、利点と欠点がある。
- 箇条書きや色分け等によって回答者の理解を向上させるために有用である。
上記の要件を満たす案の作成後、医師や患者の意見を参考に修正を行う。また、パイロット調査を行い、実際の回答者からのフィードバックに基づき修正を検討する必要がある。
Vignetteのスコアリング:作成したVignetteのスコアリングには、一般の人々を対象にタイムトレードオフ法やスタンダードギャンブル法が使われることが多い。スコアリング方法の詳細は、各国のHTA評価機関が利用しているGPBMとの比較可能性を考慮するとよい。
VBMによって作成したスコアの活用方法:医療経済評価に利用する場合、GPBMによって推定したベースラインスコアからの差分についてVBMで推定したスコアを利用することも行われる。このとき、ダブルカウントを避けるため、GPBMによって推定したスコアに影響し得るような要素がVignetteに含まれていないか確認することが重要である。
VBMの限界点:推定したスコアの妥当性はVignetteがどの程度正しく説明されいてるかに依存する。Vignetteは実際の患者が経験したすべての側面を含めることは難しい。また、Vignetteがある特定の側面にだけ焦点を当てていて、その他の側面について説明がない場合、その特定の側面に対する影響を過大評価してしまうかもしれない。
結論:各国のHTA評価機関は患者から直接取得したGPBMを好んで利用するかもしれないが、既存の尺度では測定することのできない新しいアウトカムをもたらす治療や、新しい治療プロセス、新しい有害事象は常に存在しうる。もし患者から直接取得するPBMの利用が難しかったり、適切でない場合は、VBMによるアプローチは唯一の選択肢になる。医療経済評価に利用されるその他パラメータと同様に、VBMによって定量化されるスコアは最終的な医療資源配分に関する意思決定に多大な影響を及ぼす可能性があるため、その方法論や報告は慎重に検討されなければならない。
コメント
実際に個別の品目の医療経済評価を検討する場面でも、各尺度の成り立ちや条件から、EQ5D等のGPBMを利用した評価に限界を感じることが多い。また、ある健康状態に対する「スコア」に意味を持たせようとしたときの一つの現実的な方法論として、「一般集団」における価値観に基づこうという考え方は、たとえその研究が医療経済評価に用いることを目的にしていなくても、患者や医療提供者の立場における治療への取り組みに対する社会的位置づけの側面から等、一定の意義や解釈可能性を感じていただけることがあると認識している。VBMによる研究はこういった場面において今後その役割を果たしていくことが期待される。(TM)
<2021年9月 文献紹介>
患者報告型症状モニタリング用デジタルシステムの臨床的有用性とユーザーの認識調査結果:PRO-TECT試験より
Ethan Basch, et al: Clinical Utility and User Perceptions of a Digital System for Electronic Patient-Reported Symptom Monitoring During Routine Cancer Care: Findings From the PRO-TECT Trial. Clinical Cancer Informatics no. 4 (2020) 947-957.
https://ascopubs.org/doi/full/10.1200/CCI.20.00081
目的:癌治療の現場では、患者の症状をデジタルでリモートモニタリングするシステムの導入が注目されている。
しかし、これらのシステムの臨床的有用性やユーザーの認識についての情報は限られている。
方法:PRO-TECTは、進行・転移性の成人がん患者を対象に、電子的患者報告アウトカム(ePRO)の導入を評価する多施設共同試験である。
質問内容は、PRO-CTCAE(Common Terminology Criteria for Adverse Events)に由来する質問を、毎週、ウェブまたは自動電話システムで実施する。
症状悪化時には、看護師にアラートが出される。今回ユーザーからのフィードバックを得るために参加した患者と臨床医にアンケートを実施した。
結果:26施設の496名の患者のうち、大多数の患者が、システムと質問が理解しやすい(95%)、使いやすい(93%)、自分のケアに関連している(91%)と回答した。
PRO情報が臨床家によってケアに利用された(70%)、臨床家との話し合いが改善された(73%)、自分のケアをよりコントロールできるようになった(73%)、他の患者にこのシステムを勧めたい(89%)と多くの患者が報告した。
単変量解析と多変量解析の両方において、ほとんどの患者フィードバック質問のスコアは、毎週のPRO完遂率と有意に正の相関があった。
看護師57人のうち、PRO情報は診療記録に役立つ(79%)、患者との話し合いの効率を上げる(84%)、患者のケアに役立つ(75%)と報告した。
腫瘍内科医39人のうち、ほとんどがPRO情報は有用であると回答し(91%)、65%が患者との話し合いの指針としてPROを使用した。
結論:PRO-CTCAEを含むPROsをモニタリングするデジタルシステムを日常的ながん医療に導入することの臨床的有用性と価値を支持する結果となった。
コメント
本邦でも同様のRCTが現在進行中で(PRO-MOTE試験:UMIN000042447)、主要評価項目は健康関連QOLと全生存割合である。
しかし、ユーザー側のリモートモニタリングに関する認識に関しての情報は不十分であるため、今後データを蓄積していきたい。(KY)
統計から診療まで:PROMIS®CATの視覚的フィードバック
Muilekom et al. From statistics to clinics: the visual feedback of PROMIS® CATs. Journal of Patient-Reported Outcomes,5, Article number: 55, 2021.
https://doi.org/10.1186/s41687-021-00324-y
目的:Patient-Reported Outcome Measures(PROMs)記入の負担を軽減するために,PROMIS®の Computerized Adaptive Tests (CAT)が小児科の臨床で導入されている。
エビデンスに基づくPROMIS CATのフィードバックに関する推奨事項が不足しているため, PROMIS CATの視覚的フィードバックオプションについて,個々の項目およびドメインスコアレベルでの推奨事項を作成することを目的とした。
方法:KLIK (オンラインポータル (www.hetklikt.nu または www.klik-uk.org)で、症状、HRQOL、身体的・心理社会的機能に関するPROMを患者や介護者が記入することができる)のPROMポータルを利用する医師とコメディカルを対象にフォーカスグループを作成した。
グループディスカッションのために、文献に基づいたフィードバックオプションが提供された。
データはテーマ別コーディング法を用いて分析した。
さらに、患者(12~18歳)と保護者(0~18歳)のフィードバックに対する希望を評価するためにアンケートを送付した。
データは記述統計学を用いて分析した。
結果:6つのフォーカスグループで実施された(医師とコメディカルN = 28)。
個々の項目のフィードバックについては、入力された回答のみを色で表示することが好まれた。
ドメインスコアについては、数値(T)スコア、基準線、カットオフ線、トラフィックライトの色を含む折れ線グラフが好まれた。
ドメインごとに別々のグラフを作成し、重要度の高い順にランク付けし、方向性(「高い=良い」)を一致させることが重要と考えられた。
アンケート結果(患児31名/保護者131名)では、患者の58.1%、保護者の77.1%が、自分の項目の回答を見る方が好ましいと回答した。
結論:オランダのPROMISナショナルセンターと協議し、PROMIS CATのフィードバックオプションに関する推奨事項が作成された。
患者のPROM記入の負担を大幅に軽減しながら、医師が患者の転帰をモニターするためにPROMIS CATを使用できるようになった。
コメント
医師やコメディカルが理解または使用しやすい図や色を活用したフィードバック方法は、患児や家族にとっても有益になる。
しかし、対象の偏りや数、基準線の表示、多病院での活用など、議論の必要性がまだあるため、更なる発展を期待したい。(HR)
<2021年8月 文献紹介>
がんRCTにおけるPRO測定の過去と現在の状況-系統的レビュー
Giesinger JM, et al: Past and current practice of patient-reported outcome measurement in randomized cancer clinical trials: a systematic review. Value Health 2021;24(4):585-591
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33840437/
目的:系統的レビューにより、がんRCTにおけるPRO測定の過去と現在の状況を評価した。
方法:最も多い固形がん(乳腺、大腸、前立腺、膀胱、婦人科)患者に対する通常の医学的治療を評価した。
2004~2018年に出版されたPROをエンドポイントとしたRCTと、2014~2019年に開始されclincaltrials.govに登録されたRCTを評価対象とした。
個別のPRO尺度の使用頻度を、全般的、年代別、がん種別に評価した。
結果:42,095のデータベースと3,425の登録試験のスクリーニングから、480件の出版された試験と537件の登録された試験が同定された。
出版された試験では、EORTCの尺度が最もよく使われていた(54.8%)。
次いでFACIT(35.8%)、EQ-5D(10.2%)、SF-36(7.3%)、MDASI(2.5%)が使われていた。
登録された試験では、EORTC(66.1%)、FACIT(25.9%)、EQ-5D(23.1%)、SF-36 (4.8%)、PRO-CTCAE(2.2%)、PROMIS(1.7%)、MDASI(1.1%)の順であった。
結論:今回のレビューで同定されたRCTで最も良く使用されていたPRO尺度は、内容と要素において本質的に異質性があった。
このことは、学会、医療提供者、規制当局における、どのタイプのPROを測定すべきかについての現在進行中の議論を反映している。
本研究で得られた所見は将来のがん臨床試験のための国際的に合意できるコアアウトカムセットの開発へ情報を提供することによって貢献できると思われる。。
コメント
近年、FDAとASCOが主導して、臨床試験で用いるべきコアクリニカルアウトカムセットを開発し、国際的な主導権を握ろうとする動きがあるが、本研究の考察においては、FDAやASCOが特に好む身体面を中心としたPROだけではなく、心理面、社会面などより幅広い概念を含むHRQOLを測定する尺度が実際のがん臨床試験では用いられていることを指摘している。
一方、NCIスポンサーで開発したPRO-CTCAEやPROMISは年次を追っても使用が増加しておらず、今後、これらの尺度がどのように役立つようになるのか注目される。
一方、EQ-5Dなど医療経済評価に用いるためのpreference-based measures (PBM)が年次を追うごとに急速に使用頻度が増加している。
PBMが厳密にはPROに含まれるかどうかは議論があるところ(PROをそのまま使用することはできず、一般人の選好に変換するアルゴリズムを経て使用できる建付けになっているという意味で)ではあるが、今後、各国で医療技術評価(HTA)を用いた医療資源配分の優先順位付けに関する政策応用が進むことは間違いなく、今後もこの傾向はさらに促進されると思われる。(SK)
<2021年6月 文献紹介>
タキサン系化学療法における味覚変化と食欲および体重、QOLとの関連
Kaizu M et al. Characteristics of taste alterations in people receiving taxane-based chemotherapy and their association with appetite, weight, and quality of life. Support Care Cancer. 2021 Feb 18. doi: 10.1007/s00520-021-06066-3. Online ahead of print.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33604787/
目的:タキサン系抗がん剤による化学療法を受けている患者における味覚変化の特徴を評価し、味覚変化と食欲、体重、QOL、および有害事象との関連を検討した。
方法:単剤療法または併用療法としてパクリタキセル, ドセタキセル, またはnab-パクリタキセルを投与されている100人の患者を対象に、横断研究を実施した。
味覚変化は、味覚認知閾値と重症度と症状スケールを用いて評価された。食欲はPRO-CTCAE、QOLはFACT-Gで評価した。
味覚認知閾値、症状、食欲、体重および有害事象を味覚変化のある患者とない患者で比較し、多変量解析によってリスク因子を特定した。
結果:100人の患者のうち、59%が味覚変化を報告した。nab-パクリタキセルを投与された味覚変化群では、甘味、酸味、苦味の味覚認知閾値が有意に上昇していた(味覚減退)。
味覚変化群は、全般的な味覚変化、基本味の低下および食欲不振を報告した。体重とQOLは味覚変化とは有意な関連が認められなかった。
ドセタキセル療法、化学療法の既往、口腔乾燥および末梢経障害は味覚の変化と有意に関連していた。
結論:タキサン系抗がん剤による化学療法、とくにドセタキセルを投与されている患者のほぼ60%が味覚変化を報告した。
味覚変化は患者の食欲に影響を及ぼしたが、体重やQOLには影響しなかった。ドセタキセル療法、化学療法の既往、口腔乾燥および末梢神経障害は、味覚変化の独立したリスク因子であった。
コメント
味覚障害の発生には多くの要因がかかわっている。化学療法の有害事象のひとつとしても知られているが、QOLやPROに与える影響の検討は十分でない。
本研究は、国内で2017年から2018年にデータ収集が行われた。
タキサン系抗がん剤に焦点をあて、自己申告による情報を収集するとともに、ろ紙ディスクを用いた味覚検査によって基本味(うま味除く)を評価していることが特徴である。
FACT-GによるQOL評価では有意な結果が認められない一方、口腔乾燥や末梢神経障害と味覚変化の間に有意な関連が認められた。
多様な味覚障害を一括りで論じることはできず、さまざまなセッティングでの検討は重要性を増している。
さらなる研究の蓄積が望まれる。(NM)
<2021年5月 文献紹介>
発表された研究においてQuality of lifeはどのように定義され評価されているか?
Costa DSJ, et al. How is quality of life defined and assessed in published research? Quality of Life Research 2021; Published: 01 April 2021.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33792834/
Quality of life研究分野において、QOLという用語の定義が一貫していないことは古くから言われており、また現在でも日々実感することの一つである。
本研究は、2017年発行のQuality of Life Research誌に掲載された全300論文を対象として、(1)(HR:Health-related [健康関連])QOLが研究論文に構成概念として記述された頻度、(2)「PRO(Patient-reported outcomes 患者報告アウトカム)」に言及した研究数、(3)どの患者報告アウトカム指標が最も頻繁に使用され、構成概念の説明と一貫しているかどうか、(4)どの(HR)QOLの定義が記載されているか、を調査した。
その結果、(HR)QOLが関心領域であることを記述した論文は65%、PROについて言及した論文は27%、どちらにも言及のない論文は20%であった。
51論文が(HR)QOLの定義を提供しており、定義に引用された論文は66本、そのうち複数回引用された論文は11本であった。
最も多く使用された尺度は、PROMIS(60)、SF(50)、EQ-5D(44)、EORTC尺度(20)であった。
定義と質問票が一貫して使用されているのは、WHOの定義とWHOQOL尺度のみであった。
本研究は数値データのみならず、一貫していない実例を挙げている。
例えば、QOLとHRQOLを区別せずに使用し、さらに評価アウトカムは「健康状態」と記述している例、特定の要素(痛み関連QOLなど)をもってQOLに言及している例、などである。
また、PROとQOLの概念の重なりの取り扱い、効用値尺度として開発されたEQ5Dを日常活動評価のPROとして使用している例、などにも触れている。
著者らは、“用語へのアプローチがカジュアルすぎる”と述べており、現状においてはQOLをアウトカムとした結果の研究間の比較は困難であると指摘した。
その上で、現実的な解決策として、論文著者は、1) 関心のある構成概念は何かを明確に述べること、2)その定義を提供すること、3) 選択した測定手段がこの定義と一致していることを確認すること、の3点を地道に行うことが必要であると提案している。(SY)
<2021年4月 文献紹介>
EQ-5Dへのボルトオンの選択:ペアワイズ選択法を用いた、聴覚、睡眠、認知、活力、及び関係性が選好に及ぼす影響の調査
Finch AP et al. Selecting Bolt-on Dimensions for the EQ-5D: Testing the Impact of Hearing, Sleep, Cognition, Energy, and Relationships on Preferences Using Pairwise Choices. Medical Decision Making (2021) 41:89–99.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33256502/
【背景】EQ-5Dのような包括的な選好に基づく尺度(Generic preference-based measures:GPBM)は、多くの条件で有効であるが、場合によっては、追加次元を「ボルトオン(bolt-on)」することで妥当性が向上することがある(筆者コメント:例えば、EQ-5Dは視覚や聴覚障害に反応性が弱い)。
「ボルトオン」の選択はこれまで、個々の次元の計量心理学的影響に基づいてきたが、選好は、それらを選択する際に別の重要な方法を提供してくれる。
本研究では、EQ-5D-5Lのボルトオンを選択する際に、ペアワイズ選択法を用いることの可能性を検証することを目的としている。
【方法】英国在住の1,040名を対象としたオンライン調査により、一般住民の選好を収集した。
以前のペアワイズ調査で回答者の選好が50:50に分かれたペアを基に、3つのEQ-5D5L健康状態ペアを選択した。
被験者には、EQ-5D5L(移動の程度、身の回りの管理、ふだんの活動、痛み/不快感、不安/ふさぎ込みの5項目からなる)に加えて聴覚、睡眠、認知、活力、関係性の各ボルトオンがそれぞれ個別に追加されたものと、されていないEQ-5D-5L健康状態のペアの選択肢が提示された。
ロジスティックモデルを用いて、健康状態を選択する回答者の対数オッズに及ぼすボルトオンの影響、および重症度の異なるボルトオンの影響を評価した。
【結果】選好は、ボルトオンとその重症度レベル(レベル1、3、5のみを使用)に応じて変化した。
レベル1(健康状態がよい場合)でボルトオンを追加した場合、一般的に統計的に有意な差は見られなかったが、レベル3(中等度)とレベル5(重度の健康悪化状態)でボルトオンを追加した場合、ボルトオンを装着した健康状態に対する選好に負の統計的有意な影響が見られた。
レベル5では、「聴覚」が最も大きな影響を与え、次いで「認知」、「関係性」、「活力」、「睡眠」の順となった。
レベル3では、「認知」が最も大きな影響を与え、次いで「聴覚」と「睡眠」が同様の影響を与え、「活力」と「関係性」が続いた。
この順序は、ボルトオン選択のための情報を提供するものであり、聴覚と認知が最も重要であると考えられる。
それぞれの健康問題に置かれた重みは、ボルトオンの重症度レベルによらず一定ではなかった。
【結論】ペアワイズ選択法は、ボルトオン選択をサポートするための選好に関する情報を生成する費用対効果の高いアプローチを提供してくれる。
コメント
医療経済評価で繁用されるEQ-5Dのような包括的な選好に基づく尺度(Generic preference-based measures:GPBM)は、疾患やプログラムを横断して、QOLを比較できるメリットがある一方で、特定の状態がQOLに及ぼす影響をうまく拾い上げることが不得意である。
例えば、EQ-5Dは視覚や聴覚障害に反応性が弱い。これを克服する方法として、次元の追加(ボルトオン)が検討されてきた。
どのボルトオンを選ぶべきかという判断に際して、これまでは、追加次元の計量心理学的特性(SEMや回帰モデル)が用いられてきたが、本研究では、離散選択法であるペアワイズ選択法を用いて、それらボルトオンが選好そのものに与える影響をもとに選択が可能ではないかというということを明らかにすることを目的としている。
当たり前といえば当たり前かもしれないが、レベル1(健康状態がよい場合)は、選考に与える影響は小さい一方で、レベル3(中等度)やレベル5(重度の健康悪化状態)では、影響が大きかった。
また、ボルトオンの中では、レベル5では、「聴覚」が最も大きな影響があり、レベル3では、「認知」が最も大きな影響があり、著者らは、これらの知見が、ボルトオン選択に役立つと結論付けている。
しかし、わずか3ペアだけの比較であること、他の価値づけ法(ランキングやTTO)を行っていないこと等、課題の残る研究であることは間違いない。
3つのペアの提示もランダム化されていないことから、見せる順番が結果に影響をおよぼした可能性も否定できない。
医療経済評価のように、異なるプログラムを比較するには、包括的尺度を使用せざるを得ない。
そうした中で、包括的尺度の弱点である特定の状態に対する鈍さを克服し、その反応性と妥当性を向上させる一方で、包括性の利点を維持するには、次元の追加(ボルトオン)は魅力的なアプローチではある。
しかし、現在ボルトオンがあまり話題にならないのは、次元を追加した尺度で、再度スコアリングアルゴリズムを作り出し、それを広く使用する手間に見合ったメリットまではないというところではないだろうか。
研究レベルとしては興味深いものがあるが、別の言い方をすれば、研究レベルにとどまっている手法といえるかもしれない。
(SS)
<2021年3月 文献紹介>
緩和ケアのQOL評価:4種類のPRO評価(EORTC QLQ-C15-PAL、FACT-Pal、FACT-Pal-14、FACT-G7)の直接比較
King M, et al. Assessing quality of life in palliative care settings: head-to-head comparison of four patient-reported outcome measures (EORTC QLQ-C15-PAL, FACT-Pal, FACT-Pal-14, FACT-G7). Supportive Care in Cancer. 2020; 28:141–153.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30993452/
【目的】緩和ケアにおけるQOL評価票であるEORTC QLQ-C15-PAL、FACT-G7、FACIT-Pal及び短縮版であるFACIT-Pal-14の信頼性、妥当性及び反応性を直接比較する。
【方法】本稿は、2件の第III相ランダム化試験(慢性がん疼痛に対するケタミン投与、手術不能な悪性腸閉塞における嘔吐に対するオクトレオチド投与)の二次解析である。
信頼性は、内的整合性(Cronbachのアルファ)と、オーストラリア版KPS(AKPS)が安定しており患者のglobal impression of changeに「不変」と自己報告した患者を対象としたintra-class correlation coefficient(ICC)の2側面から評価した。
構成概念妥当性は、AKPS群に対するPROスコアの感度、及び患者によるglobal impression of change(GIC)群に対するPROスコア変化の反応性について事前に決めた仮説に基づき、分散分析で評価した。
【結果】内的整合性は、FACIT-Pal(αの範囲:0.59~0.80、15/18項目で0.70以上)が、QLQ-C15-PAL(0.51~0.85、4/8項目で0.70以上)とFACT-G7(0.54~0.64、0/2項目で0.70以上)より高かった。
再検査信頼性は、FACIT尺度(FACIT-Pal:11/27項目でICCが0.70以上、FACT-G7:2/3項目でICCが0.70以上)でQLQ-C15-PAL(2/30項目でICCが0.70以上、18/30項目で0.5以下)より高かった。
AKPSに対する感度がみられた尺度は、QLQ-PAL-15の身体機能及び全般QOL、FACT-Gの機能的健康感並びにFACIT-PalのTrial Outcome Indexの4種類であった。
反応性がみられたのは、ケタミン試験群で3種類(QLQ-C15-PALの疼痛、FACIT-Pal-14、FACT-G7)、オクトレオチド試験群で6種類(QLQ-C15-PALの疲労;FACIT-Palの緩和ケア、TOI及び合計;FACT-Gの身体的健康感及び合計)の計9種類であった。
【結論】緩和ケアのPRO評価票のうち明らかに優れたものはなかった。最良のPROを選択するためには、研究の目的、患者集団及び検討する介入の対象となるQOLのドメインを慎重に検討する必要がある。
コメント
緩和ケアのQOL評価票を2本の臨床試験の二次解析として比較している。緩和ケアの目的はQOLの維持・向上であるので、QOL評価は緩和ケアの重要なアウトカムとなる。
しかし、緩和ケアを受けている患者の認知レベルや身体的症状によって、長い設問に応答するには問題があるとされて、短縮版のQOL評価票が開発されている。
著者らは本稿で、緩和ケア患者であっても長い回答が可能であることが「論証された」と明記している。
緩和ケアはその時期によって患者の状態が大きく変わることから、患者背景が参考となるが、本稿にその記載はなく、二次解析ということでオリジナルのRCT2本が参考文献として記載されているだけであった。
また、QOL評価の想起期間が72時間後と5日後と本来の質問票とは異なるなど、いくつかの疑問点が残りつつも結論として絶対的に最良の質問票はなく、研究目的や患者集団によってQOLのドメインを慎重に検討する必要があるとしている点では、QOL評価に際しての基本事項の再確認ができた。
緩和ケアのアウトカムとなるQOL調査において、患者の負担の軽減(倫理)と、信頼性と内的妥当性の担保(測定)のトレードオフについては、引き続き課題であろう。(MK)
<2021年2月 文献紹介>
成人心臓術後ICU入室者の、精神的障害・生活の質・睡眠の質についてのICU日記の効果:ランダム化比較試験
Wang S, et al. Effect of an ICU diary on psychiatric disorders, quality of life, and sleep quality among adult cardiac surgical ICU survivors: a randomized controlled trial.
Crit Care. 2020 Mar 6;24(1):81.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7060606/
【背景】ICU入室患者の中には退室後に長期的なPTSD(Post trauma stress disorder)やQOLの低下、睡眠障害などに苦しむケースがある。
その対策としてICU入室中にその日起きたことを日記につけ、後日ICU入室中に自分に起きたイベントや感情などを確認し、PTSDやQOL低下の予防に活かそうという試みがなされている(ICU diary)が、その効果は明らかではなく、ICUのnegativeな記憶のフラッシュバックを起こすリスクも言われている。
【方法】中国の予定心臓術後、ICU入室となった患者を対象に無作為にICU diary群とconventional群に分けられ、前向きに調査された(63名ずつの割り振り)。
primary outcomeは入室3か月後のPTSDの重症度を示すIES-R、secondary outcomeは入室1か月後のICU入室時の記憶、入室3か月後のSF-36、睡眠の質を示すPSQI、抑うつと不安を示すHADSが設定された。
【結果】Primary outcomeのPTSDの発症率に関してはICU diary群6/41(14.6%)とconventional群9/42(21.4%)との間に有意差は認めなかった。
またsecondary outcomeに関しては 過覚醒状態の割合とICUで起こった事実に関する記憶、睡眠の質に関するPSQIスコアについてはICU diary群の方が良かったが、QOLスコアであるSF-36においては両群で有意差は認められなかった。
【結論】ICU diaryは中国の予定心臓手術患者のPTSD予防には寄与しなかった。また3か月後のQOLスコアや不安、抑うつ症状に関しても寄与しなかった。
コメント
昨今ICU患者の長期的予後について関心が集まっている。長期生存率だけでなく、今回の論文のテーマでもあるPTSDやQOLについても関心が増してきているが、いまだそれらのprevalenceや予防方法は明らかとなっていない。
ICUでは鎮静薬やせん妄の影響で記憶が曖昧になり自分の中での記憶の一貫性が途絶えることがPTSD発症の原因の一つと言われている。
ICUで日記をつけ、記憶の一貫性を担保することでPTSD発症の予防に活かす取り組みが行われており、これがICU diaryである。
またPTSDの発症はQOLスコアの低下と関連することは知られている。本研究の対象患者ではICU diaryはPTSDの予防、QOLの改善にはつながらないという結果であった(予定心臓手術、中国など限定的ではあるが)。
急性期医療にかかわるスタッフは実臨床において中長期的な患者アウトカムに触れる機会は多くなく、本当に自分たちの介入がそれらに寄与しているのか?という視点は非常に重要と思われる。(TNo)
<2021年1月 文献紹介>
COVID-19による介護施設訪問制限が認知障害のある居住者の訪問者に及ぼす心理社会的影響:遠隔ケア(ERiC)プロジェクトの一環としての横断的研究
O’Caoimh R, et al. Psychosocial Impact of COVID-19 Nursing Home Restrictions on Visitors of Residents with Cognitive Impairment: A Cross-Sectional Study as Part of the Engaging Remotely in Care (ERiC) Project.
Front Psychiatry. 2020 Oct 26;11:585373.
https://doi.org/10.3389/fpsyt.2020.585373
【背景】COVID-19は高齢者に不利な影響を及ぼしている.
介護施設(residential care facilities: RCF)でのパンデミックの開始以降に導入された訪問制限は,親しい家族,友人,保護者などの訪問者に悪影響を与える可能性がある.
COVID-19の訪問制限が,アイルランドのRCFの入所者における認知障害(CI)の有無と居住者の訪問者の孤独感,幸福感,介護者のQOLに及ぼす影響を調べた.
【方法】横断的なオンライン調査を実施した.
孤独感はUCLA brief loneliness scale,心理的幸福度はWHO-5 Well-being Index, Adult Carer QoL Questionnaireによって介護者のQOLを,そしてケアの満足度(「増加/同じ/減少」)を測定した.
認知障害の既往は回答者によって報告された.
調査は2020年6月の2週間,大学のメーリングリストと対象のソーシャルメディアアカウントを介した配信によって実施された.
【結果】全225の回答者のうち,202名から入所者のCIの既往が報告された.
202名のほとんどの入所者は回答者らを肉親(91%)および女性(82%)として認識できていた.
回答者の多数(67%)は45歳から64歳の間であった.
また多く(80%)は入所者にCIがあると報告した.
そして約3分の1の回答者から満足度の低下(27%),面会制限によりナーシングホームスタッフとのコミュニケーションが損なわれた(38%)と回答した.
孤独感の中央値は4/9,幸福度は60/100,介護者のQOLは10/15であった.
CIのある入所者の訪問者は,幸福度が有意に低い(p = 0.006)と報告したが,孤独感(p = 0.114)またはQOL(p = 0.305)に違いはなかった.
【結論】この調査では多くのRCFの訪問者において,COVID-19の封鎖中に心理社会的および心理的な幸福度が低下したことを示唆している.
CIのある入所者の訪問者は,WHO-5で測定した幸福度がCIのない訪問者よりも健康状態が著しく悪いと報告した.
特に,CIのある入所者の訪問者に対する訪問制限に起因する介護の重要性と幸福度を高めるためにRCFとそのスタッフが訪問者をどのようにサポートできるかについてはさらなる調査が必要である.
コメント
COVID-19は世界中のあらゆる人々にさまざまな影響を与えているが,介護施設の高齢入所者やその家族はその最たる人々であろう.
本研究はそのような影響が介護者側にどのように生じているかを調査しようとしたもので,時宜を得たものと言える.
測定しようとしたものは,介護者(訪問者)の孤独感,幸福度,そしてQOLであったが,その目的はあくまで認知障害の有無がそれらに与えた影響であり,結果的に認知障害のある入所者の訪問者の幸福度がより低下しているというものであった.
このことを解釈すると,入所者の認知障害が離れて暮らす家族に対しても幸福度を左右する,つまりCOVID-19による面会の制限が少なからず家族の幸福度を低下させているという間接的な影響を示したと言える.
ただ,面会できなくなったのは認知障害に関係なくすべての入所者に共通する事象であるため,まずは全体への影響を検討してほしかったように思う.
いずれにしても,あるエピソード前後のQOLなどPROの比較研究は難しく,後方視的な調査の妥当性や信頼性をいかに高めて発表するのかという課題がのしかかってくる.
さらには,COVID-19に関連させたQOL研究では,このウイルス特有の影響が何かという問題の焦点化も必要であるように感じた.(NS)