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文献紹介:2022年
<2022年12月 文献紹介>
Health-related quality of life and estimation of the minimally important difference in the Functional Assessment of Cancer Therapy-Endocrine Symptom score in postmenopausal ER+/HER2- metastatic breast cancer with low sensitivity to endocrine therapy
【背景】:HORSE-BC試験(https://link.springer.com/article/10.1007/s12282-020-01095-y)では、内分泌療法低感受性転移性乳がん患者(初回ホルモン療法で効果が乏しい患者)に対する2次ホルモン療法は、臨床的に意義のあることが示された。今回、2次ホルモン療法におけるHRQOLについて検討した。
【方法】:内分泌療法低感受性転移性乳がんで、2次ホルモン療法が予定されている患者を前向きに登録した。HRQOLは、ベースライン時、2次ホルモン療法開始1ヶ月後、3ヶ月後に評価した。FACT-ES(Functional Assessment of Cancer Therapy – Endocrine symptoms: 内分泌療法をうける乳がん患者のQOL質問紙)のMID(minimal important difference:臨床的に意味のある最小のQOLスコア変化量)を調べるため,distribution-based methodでは平均値と標準偏差(SD)を,anchor-based methodではHRQOLの変化量の差を評価した。また、FACT-ES total scoreと臨床的有用性との関連についても検討した。
【結果】:56人の患者が登録され、うち47名が解析対象となった。distribution-based method では1/3SDをMIDと定義すると、計算されたMIDは5.9であった。anchor-based method によるFACT-ES total scoreのMIDは、低下で7.7、改善で4.1であった。1ヵ月後および3ヵ月後に臨床的有用性を認めた患者では、そうでない患者よりもMID低下を来した患者の割合が1か月後で6.1%、3か月後で14.7%低かった。一方でMID分改善した患者の割合に関しては、1か月後で18.3%、3か月後で3.2%高かった。FACT-ES total scoreのベースラインからの平均変化量は、臨床的有用性を経験した患者で改善された。
【結論】:FACT-ES による HRQOL の維持は、ホルモン療法を受けた内分泌療法低感受性転移性乳がん患者の臨床的有用性と関連する可能性がある。
【コメント】:日本の乳がん臨床試験グループ(CSPOR-BC)の研究。ホルモン療法低感受性転移性乳がんに対して2次ホルモン療法を行った患者コホートのデータより、FACT-ESのMIDを推定し、臨床的有用性との関連性を検討している。サンプルサイズが少ないこと、対象患者が限定的であることがlimitationであるが、FACT-ESのMID論文は既報がなく初めての報告。(YK)
<2022年11月 文献紹介>
Health‑related quality of life of children born very preterm: a multinational European cohort study
Quality of Life Research https://doi.org/10.1007/s11136-022-03217-9 Publish online: 2022
【背景】:極早産児(VPT、妊娠28~31週での出生)および超早産児(EPT、妊娠28週未満での出生)は、正期産児と比較して死亡リスクが増加し、生存しても脳性まひ、視覚・聴覚障害、呼吸器の予後不良、運動・認知能力の低下、精神障害のリスクが高く、3分の1の児とその両親はライフコースに関する様々な課題に直面する。早産児のHRQoLに関する研究では、Pediatric Quality of life Inventory™ (PedsQL™ )を使用したものがあるが、これは幅広い年齢層で、健常児や青年、急性・慢性疾患を持つ人々のHRQoLを測定するための年齢別モジュール式アプローチにより考案されたものである。これらの研究は、ケースシリーズやコホート研究に基づいており、サンプル数は比較的少なく、一国での研究に限定されている。早産児は、気管支肺異形成症(BPD:Bronchopulmonary dysplasia)や重度の非呼吸器疾患といった重篤な合併症を発症しやすいとされている。BPDを発症した児は、肺機能の低下など、長期にわたる呼吸器系の合併症に悩まされることがある。同様に、早産に伴う呼吸器以外の重度の病的状態も、早産児のHRQoLを低下させる原因となりうる。本研究は、1)極早産児(妊娠28~31週)および超早産児(妊娠28週未満)の5歳時点での健康関連QOL(HRQoL)アウトカムを記述し、2)これらのアウトカムに対するBPDと重度な非呼吸性新生児病変の間接効果を探索することを目的とした。
【方法】:調査は、欧州11か国19地域で2011年から2012年に実施されたEPICE(Effective Perinatal Intensive care in Europe) と SHIPS (Screening to improve Health In very Preterm infantS)研究に参加した妊娠32週未満で出生した3687名の児のデータに基づいて行った。周産期データは医療記録から抽出し、2-5歳時点の保護者アンケートを長期的アウトカム評価の主要な方法として使用した。記述統計やt検定、マルチレベル二乗回帰(OLS)分析を用いて、周産期および社会学的特徴とPedsQL™ GCSスコアとの関連を検討した。一般化構造方程式モデリングを適用し、潜在的な媒介因子と PedsQL™ GCS スコアとの関連を検討した。
【結果】:早産児の数はエストニアが最も少なく(N = 153)、英国が最も多かった(N = 1745)。5年後の追跡調査の対象児は6759名中3687名(54.5%)だった。妊娠26週未満の出生、BPDの状態、重度の非呼吸器疾患の経験は、PedsQL™ GCSスコアの合計平均が減少することが明らかとなった(それぞれ0.35、3.71、5.87)。さらに、先天性異常の状態、性別、母親の教育レベル、母親の出生国はすべて、部分調整モデルおよび完全調整モデルの両方で統計的に有意な影響を及ぼした。BPDと重度の非呼吸器疾患の間接的な影響によりPedsQL™ GCSスコアは、基準である妊娠30~31週に比べて、出生妊娠26週未満でそれぞれ1.73と17.56、妊娠26~27週でそれぞれ0.99と10.95、妊娠28~29週でそれぞれ0.34と4.80と減少することがわかった。
【結論】:超早産とそれに伴うBPDや重度な非呼吸器疾患などの合併症によってHRQoLが特に損なわれていることが示唆された。また、先天性異常の存在、男児、母親の低学歴、母親の非ヨーロッパ出生国が、VPT出生児のHRQoLの独立した予測因子であることも明らかとなった。これらの因子とVPT出生児のHRQoLとの関連についての結果はさまざまである。移住者と早産率との関連はよく知られているが、母親の出生国と早産児のHRQoLとの関連を調べた研究はないため、本研究結果はヨーロッパ諸国における早産児のHRQoLに及ぼすBPDと重度な非呼吸器疾患の影響に関するエビデンスを提供するものであると考える。
【感想】:早産児に関する成長発達への影響を取り上げた研究は多くあるが、QOLを含んだ大規模調査は、これまでにあまり見たことがない。肺機能や重度の合併症、母親の背景などは、早産児の今後の健康や生活に大きく影響するため、QOLが低下することは想像できる。研究の限界でも述べているが、この研究は子ども自身ではなく親のHRQoL報告を用いているため、バイアスが存在する可能性がある。ライフコースごとに子どもや家族の問題や課題は違ってくるため、長期間を通して子どもと家族がそれぞれ回答する方法でQOL研究を行っていくことを期待したい。(R.H.)
<2022年10月 文献紹介>
A systematic review of studies measuring health-related quality of general injury populations: update
A systematic review of studies measuring health-related quality of general injury populations: update 2010-2018. Geraerds et al. Health and Quality of Life Outcomes (2020) 18:160.
https://link.springer.com/article/10.1186/s12955-020-01412-1
【背景】:昨今救急診療システムの改善や集中治療ケアの質の向上などで多発外傷患者の生存率は改善してきているものの、外傷による機能障害に苦しむ患者は増加している。この傾向は特に経済的に恵まれている社会で顕著となっている。このような背景から外傷患者の健康関連QOLを測定する必要性が増している。外傷は全身の多部位に影響するため、そのQOL測定を行うには包括的尺度が適している。これまでに様々なQOL尺度で外傷患者のQOL測定が行われているが、その中にはプロファイル型尺度も選好に基づく尺度も含まれている。しかしこれまでにどのくらいの数の外傷患者のQOL研究が行われてきたか?や研究デザイン(使用された尺度や対象患者、QOL測定間隔)は明らかではなく、本研究は多発外傷患者を対象にした研究のメタアナリシスを行うことで、上記を明らかにすることを目的としている。
【方法】:Embase, PubMed (Medline Ovid), Web of Science and PsycINFOにおいて: ‘quality of life’ and ‘health related quality of life’, ‘functional status assessment’, ‘injury’ and ‘trauma’, and ‘cohort analysis’というキーワードで2010年から2018年までに出版された文献の検索を行った。頭部外傷のような単臓器外傷患者を対象とした研究は除外した。8152件の論文が検出され、バイアスの評価などを行い、44論文中の29の研究が採用された。
【結果】:論文著者の国別としてはニュージーランド、ノルウェー、イタリア、スウェーデン、ホンコン、インド、コロンビア、イラン、スペイン、イギリス、タイ、日本、ベトナム、オーストラリアであった。サンプルサイズは105人から668人であった。1/3の論文で外傷重症度に言及されており、重症患者のみ、ICU入室患者のみの研究もあれば軽症患者のみ対象にした研究も見られた。使用されたQOL尺度はSF-36(13論文)、EQ5d(7論文)、SF-12(6論文)、GOSE(4論文)の順であった。QOL測定のタイミングはほとんどの研究で受傷6か月後、12か月後の時点で測定されていた。アンケート方法は電話による調査が最も多く、郵送による調査が続いていた。受傷後のアンケート回収率は低く、18/29の研究で受傷1年以内で20%以上の欠損、受傷1年以上で30%以上の欠損が見られた。受傷後のQOLスコアはすべての研究で経時的に改善が認められるものの、国民標準値までの回復は見られなかった。
【考察】:本研究で外傷患者を対象にしたQOL研究の研究デザインにおける多様性とその傾向が明らかとなった。使用されたQOL尺度はSF-36、SF-12、EQ5dが主なものであったがその他14のQOL尺度も使用されていた。前向き縦断研究の調査期間も様々であったが、受傷1年後まで追跡している論文が多く、これはEuropean Consumer Safety Associationが推奨している追跡期間を参考にしていると思われる。Guidelines for the conduction of follow-up studies measuring injury-related disability. J Trauma Acute Care Surg. 2007;62(2):534–50 では受傷1、2、4、12か月後での測定タイミングが推奨されている。これを満たしていた研究は5つだけであった。外傷の場合は受傷前のQOL測定が難しいが、本人に受傷前の状態を想像してアンケートに答えてもらい、受傷前QOLスコアとして算出していた研究もあったが、この正当性は明らかではない。EQ-5d、HUI3を用いた研究ではほとんどプロファイル型尺度と合わせては調査されていなかったが、この方法はGuidelines for the conduction of follow-up studies measuring injury-related disabilityでは推奨されていない。
コメント
外傷患者のQOL研究のメタアナリシスはこれまでになく、本研究が最初の研究となる。オンコロジー領域に比べ、外傷患者のQOL測定はまだ歴史が浅く、その測定方法に定まったものは少ないのが現状であろう。ただその中でもEuropean Consumer Safety AssociationやGuidelines for the conduction of follow-up studies measuring injury-related disabilityが出てきている。私個人としては、恥ずかしながらこのメタアナリシスを読むまでその存在を知らなかったので、次回外傷患者のQOL測定を行う際にはこのガイドラインを熟読してから研究計画を立てることにしようと思う 。(NT)
<2022年7月 文献紹介>
リアルワールドでのPROアドヒアランス
Title: Real-World Adherence to Patient-Reported Outcome Monitoring as a Cancer Care Quality Metric
Authors: Takvorian SU, Anderson RT, Gabriel PE, Poznyak D, Lee S, Simon S, Barrett K, Shulman LN.
Journal: JCO Oncol Pract. 2022 Jun 8:OP2100855. doi: 10.1200/OP.21.00855. Online ahead of print.
https://ascopubs.org/doi/full/10.1200/OP.21.00855
【目的】:進行した固形悪性腫瘍の患者に対する患者報告アウトカム(PRO)の定期的な収集はエビデンスに基づく実践であり、質の高いがん治療の重要な要素である。しかし、リアルワールドでの実際の遵守は十分とは言えない。リアルワールドでのPROモニタリングへの順守とその可能性について明確にする。
【方法】:1つのアカデミック機関と2つのコミュニティ機関を含む国立がん研究所がんセンターから、匿名化された電子健康記録データを使用して、後方視的横断研究を実施した。対象者は2019年1月1日から12月31日まで全身療法を受けている肺がん患者とした。
主要評価項目は、患者個々のアドヒアランスであり、30日の期間内における受診時のPRO質問票(症状、機能状態、およびグローバルな生活の質の領域にまたがる)の回答率とした。解析には最小2乗回帰分析を用い、アドヒアランスに影響を及ぼす要因を同定した。
【結果】:2019年、1,105人の肺がん患者に対して18,604回の回答機会があった。対象の平均年齢は65.8歳、56.2%が女性、19.6%が黒人であった。患者レベルのPROアドヒアランスは、全機関で27.2%から70.0%の範囲であり、平均49.4%であった。高齢者(65歳以上)、および黒人またはアフリカ系アメリカ人は、PROのアドヒアランスと負の関連性が認められた。
【結論】:肺がんの治療を受けている患者のリアルワールドでは、PROのアドヒアランスには年齢および人種に基づく潜在的な格差を伴っており、精力的に実施された臨床試験でのPROモニタリングのアドヒアランスには及んでいなかった。これらは、アドヒアランスベースの品質を指標とした標準化レポートで対処できる実装ギャップを示している。
コメント
がん治療中のPROモニタリングの有益性は、必ずしもリアルワールドを母集団とした対象群で検証されたわけではない。情報テクノロジー弱者において、PROモニタリングのアドヒアランスを高める工夫は、今後の課題となるであろう。(NT)
肺がん術後患者のePROモニタリング
Title: Patient-Reported Outcome-Based Symptom Management Versus Usual Care After Lung Cancer Surgery: A Multicenter Randomized Controlled Trial.
Authors: Dai W, Feng W, Zhang Y, Wang XS, Liu Y, Pompili C, Xu W, Xie S, Wang Y, Liao J, Wei X, Xiang R, Hu B, Tian B, Yang X, Wang X, Xiao P, Lai Q, Wang X, Cao B, Wang Q, Liu F, Liu X, Xie T, Yang X, Zhuang X, Wu Z, Che G, Li Q, Shi Q.
Journal: J Clin Oncol. 2022 Mar 20;40(9):988-996.
https://ascopubs.org/doi/full/10.1200/JCO.21.01344
【目的】:肺がん術後の早期期間におけるpatient-reported outcome (PRO)を基盤とした症状管理の有効性と実現可能性を検証すること。
【方法】:肺がんと診断された術前患者を、PROを基盤とした症状管理群(介入群)と通常ケア群(コントロール群)に1:1にランダム割り付けした。全例が、肺がん術前、術後は退院まで毎日、退院後は週に2回、4週間までelectronic PROシステムを用い、MD Anderson Symptom Inventory-Lung Cancer module (MDASI-LC: 16項目の臨床症状と機能面6項目から構成、各項目は0-10ポイントでスコア化。スコアが高いほど症状、機能が悪い)を報告。
介入群では、疼痛、倦怠感、睡眠障害、息切れ、咳の5つの症状で4ポイント以上の報告があった場合に、外科医にアラートが通知される。コントロール群ではアラート通知は発生しない。主要評価項目は、退院時におけるMDASI-LCで4ポイント以上の症状報告件数。
【結果】:166例が登録され、各々の群に88例が割り付けされた。退院時における、閾値を超える症状報告件数は介入群で有意に少なかった(中央値 [4分位範囲]は介入群で0 [0-2]、コントロール群で2[0-3]、p=0.007)。退院から4週間後もこの差は保たれていた(介入群で0 [0-0]、コントロール群で0[0-1]、p=0.018)。介入群ではコントロール群に比べ合併症率が有意に低値であった(21.5% v 40.6%; p=0.019)。外科医がアラート発生の対応に要した時間は中央値で3分だった。
【結論】:肺がん術後患者におけるePROを基盤とした症状管理システムは、退院後4週間までの症状の発生件数、ならびに合併症を低下させる。
コメント
現在、がん診療の様々な場面でePROを用いた症状モニタリングや症状管理が検証されている。肺がん手術というmajor surgery術後でのエビデンスとして興味深い研究である。(NT)
<2022年6月 文献紹介>
ロボット支援下食道切除術と開胸手術の2年後までのQOL
Two-Year Quality of Life Outcomes After Robotic-Assisted Minimally Invasive and Open Esophagectomy. MarcVimolratana et al. Ann Thorac Surg. 2021 Sep;112(3):880-889.
https://doi.org/10.1016/j.athoracsur.2020.09.027
【背景】:食道癌に対する食道切除術は高侵襲で高難度の手術である。近年、ロボットが各分野で臨床応用され、食道切除においても、ロボット支援下食道切除術Robotic-assisted minimally invasive esophagectomy (RAMIE)が普及しつつある。しかし、術式がQOLや疼痛へ与える影響は未だ明らかになっていない。
【目的】:RAMIEと従来の開胸食道切除術Open esophagectomy(OE)との術後2年後までのQOLの比較
【方法】:この前向き観察研究では、QOLをFACT-E、疼痛をBrief Pain Inventory (BPI)で測定された。FACT-Eは、FACT–General (FACT-G)とesophageal cancer subscale (ECS)の合計で、 FACT-Gは(1)physical well-being(2) functional well-being(3) social/family well-being(4) emotional well-beingから構成される。ECSは食道癌患者特有の嚥下、食欲、体重減少、呼吸困難、発声Qualityに関する質問で、5-point Likert scaleで回答される. Generalized linear modelを用いて共変量を調整して術式間の成績が比較された。
【結果】:RAMIE群は106人、OE群は64人が登録された。FACT-E は、OE群よりRAMIE群で高く(parameter estimate [PE], 6.13 95% CI, 0.92-11.34; P-adj = .051)、中でもECS (PE, 2.72; 95% CI, 0.72-4.72; P-adj = .022) と emotional well-being (PE, 1.25; 95% CI, 0.37-2.12; P-adj = .016) はRAMIE群で良好であった.疼痛においてもRAMIE群が優れていた(PE, −0.56; P-adj = .005)。
【結論】:RAMIEはOEと比較して、術後2年までの食道に関する症状、emotional well-being 、疼痛を含むQOLを改善させる。
コメント
食道癌診療ガイドライン2022年版が公開され、パブリックコメントが求められている
https://www.esophagus.jp/pdf_files/esophageal_cancer_guideline_202205.pdf。「食道癌根治切除後のフォローアップ」という章の中に5年前に発刊された2017年版にない以下の記載が登場した。「食道癌根治切除後のフォローアップの目的は,(中略)QOL の評価と改善(中略)である。(中略)わが国においては,根治切除後の中長期に亘ってQOL を評価している施設は極めて少ない。」そして以下のコメントがある。「根治切除後の QOL の検討を定期的に行っている施設は,術後1年目でも13%にすぎず,5年後はわずか3%であった。わが国において,この点は認識を高める必要があると思われる。」
手術を含む癌治療分野においてもQOL評価の重要性は本邦でも認識されつつあり、大規模RCTのエンドポイントの一つとして採用されるようになってきた。本研究を詳細に検討すると、交絡調整方法や臨床的意義の検討の観点からはLimitationは存在する。しかし、今回と同様な観察研究や日常臨床においても、生存率や合併症といった従来型のアウトカムにPROを加えて検討してくことが、今後の臨床医には更に求められていくものと考えられる。(NT)
臨床アウトカムから一般的選好型アウトカム尺度へのマッピング:方法の開発と比較.
Alava MH, et al: Mapping clinical outcomes to generic preference-based outcome measures: development and comparison of methods. Health Technol Assess. 2020 Jun;24(34):1-68. doi: 10.3310/hta24340.
【目的】:マッピングに関する現在の方法を発展させて新たな方法を開発する。そしてケーススタディにおけるマッピングの性能をテストする。
【方法】:用いたデータセットは、選好型尺度(preference-based measures [PBM])から非選好型尺度(non-PBM)へのマッピングが行われた15データセットである。対象患者の疾患の種類は、頭部損傷、乳癌、喘息、心疾患、膝の手術、下肢静脈瘤である。マッピング先のPBMは、EQ5D-5Lが11例、-5L 2例、SF-6D 1例、HUI 3 1例であった。サンプルサイズは852-136,327に分布していた。開発を目指した方法は、直接マッピング(ベータ回帰混合)、間接マッピング(記述システムへのレスポンスのモデル化)、2つのPBM間の相互マッピング(EQ5D-5Lと-3L)である。
【結果】:マッピングにおいて、理論的に直線回帰は不適切であり、ケーススタディでもこれは確かめられた。適切な分布を伴う、様々な変形混合モデルに基づく弾力的な直接マッピング法が、すべてのPBMへのマッピングで良好な性能を示した。また、構成成分の予測には疾病の重症度を代表する共変量が必要であった。さらに、PBM間のマッピングでは、弾力的な双方向の間接法が良好な性能を示した。本研究の限界としては次の二つが挙げられる。一つ目は、ケーススタディがEQ-5Dに偏っていたことであり、二つ目は、複数のケースで概念の重複に欠けていたために間接法が試みられなかったことである。間接法は、複雑な記述システム(EQ-5Dの例では次元(dimension))を有するPBMでは実施可能性が低いと予測される。
【結論】:広く用いられている直線回帰は不適切であることが示された。混合モデルに基づくアプローチがすべてのPBMへのマッピングに適切であった。
コメント
本論文は2020年発行ではあるが、英国のシェフィールド大学の医療技術評価(HTA)チームが複数年にわたり行った研究結果のサマリーであり、マッピングのガイドラインとして有名なMAPS声明や、ISPOR Task Force reportと並んで重要と考え、ここに紹介した。
臨床試験においては、patient-reported outcomes (PROs)としてnon-PBMが評価指標に入っていることは少なくないが、医療経済評価に直接用いることができる、EQ-5DのようなPBMが評価指標に入っていない場合も多い。そのため、費用効果分析を行う目的で、やむを得ずnon-PBMからPBMのデータへの変換、すなわちマッピングが試みられてきた歴史がある。しかし、その適切性(信頼性と妥当性)について十分な検討や議論が行われてないまま、HTAとそれに基づく政策意思決定に用いられているケースも少なくない。
マッピングとして、実際によく用いられている方法の一つが直線回帰であるが、本論文ではそれは不適切である、と結論づけられた。PBMでは、最高の健康度のアンカーが1、と決められており、non-PBMからのマッピングでは天井効果が発生することが少なくない。
一方、本報告では、適切な混合モデルの使用が良しとされた。実際、複雑な数学モデルの提案が数多く報告されている。しかし一方で、どれだけ複雑なモデルを用いたとしても、そもそも、マッピング前のnon-PBMの概念構造と、マッピング後に用いたいPBMの概念構造がかなり異なる(重複や欠損がある)ことが少なくないため、この概念的妥当性の課題は払拭されることはなかった(本報告では、限界、として記述されている)。将来的には、この概念的妥当性の課題も解決できるような、優れたレスポンスマッピングの開発研究が、さらに進められることが望まれる。(SK)
<2022年5月 文献紹介>
イギリス,フランス,ドイツの一般人口集団におけるPROMIS選好スコア(PROPr)とEQ-5D-5Lスコアの比較
Klapproth CP, Sidey-Gibbons CJ, Valderas JM, Rose M, Fischer F.
Comparison of the PROMIS Preference Score (PROPr) and EQ-5D-5L Index Value in General Population Samples in the United Kingdom, France, and Germany.
Value Health. 2022 May;25(5):824-834.
doi: 10.1016/j.jval.2021.10.012.
【目的】:PROMIS選好スコア(PROPr)は,費用対効果評価における健康効用値(Health State Utility; HSU)を算出するために開発された尺度である.PROPrは項目反応理論に基づいて開発されており,既存の尺度の限界を克服できる可能性がある.PROPrは7つの領域(認知能力、抑うつ、疲労、疼痛、身体機能、睡眠障害、社会的役割・活動への参加能力)から構成されている.PROPrとEQ-5D-5Lのスコアを計量心理学的に比較することが本研究の目的である.
【方法】:3つの国の一般人口サンプル(イギリス=1509,フランス=1501,ドイツ=1502)からPROMIS-29プロファイルおよびEQ-5D-5Lのデータを収集した.認知機能はPROMIS-29では評価されないため,推奨される線形回帰モデルで予測した.PROPrとEQ-5D-5Lの収束的妥当性,既知集団の構成妥当性,天井効果,フロア効果を比較した.
【結果】:PROPrの平均値(イギリス=0.48, フランス=0.53, ドイツ=0.48; P<0.01)とEQ-5D-5Lスコア(0.82, 0.85, 0.83; P<0.01)は、すべてのサンプルで同様の大きさの有意な差を示した(d = 0.34, d = 0.32, d = 0.35; P<0.01).この差は,性別,年齢などのいかなる条件によっても認められた.両スコア間のピアソン相関係数は、r = 0.74, r = 0.69, r = 0.72であった.PROPrの天井効果と床効果はともに軽度から中等度であったが,EQ-5D-5Lの天井効果は大きかった.
【結論】:PROMIS-29で評価したPROPrと EQ-5D-5Lはともに高い妥当性を示していた.PROPrはEQ-5D-5Lよりもかなり低いHSUスコアを示した.PROPrはEQ-5D-5LよりもHSUスコアが低く,QOLの測定に影響を及ぼす可能性があるため,ICERに与える影響などを今後の研究において調査する必要がある.
コメント
本論文はPROMISから効用値を算出するためのPROPrのスコアをもっとも汎用されているEQ-5D-5Lのスコアと比較したものである.メインの結果は,EQ-5D-5L に比べてPROPrのスコアの方が低く出るということと,天井効果が表れにくいというものであるが,この結果だけをもってPROPrの優位性を判断できるわけではない.PROPrのスコアの平均値が0.48-0.53であったことは,そもそもPROPrのスコアの範囲が-0.022-1であることを考慮すると,反応性が低く,医療のアウトカムとしての有用性がそれほど高くない可能性が危惧される.とくにICERを計算する際の影響は大きいものになる可能性がある.PROPrはまだアメリカのスコアしかないが,今後,各国での開発が進めば,各疾患領域における反応性や解釈可能性についても注目をしていく必要があると考える.(NS)